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T-55中戦車





●T-55中戦車

1950年以降、ソ連では陸軍の再編と機械化率の向上に着手すると共に、核兵器を使用した後の放射能汚染下でも行動できる能力を戦車や装甲車に与える研究の開始が指示されていた。
1952〜53年にかけて、T-54中戦車を核爆発に曝す実験が繰り返された。

当初は爆風で砲塔が吹き飛ばされたり、車体各部に亀裂が入る等の現象が見られ、その都度、砲塔と車体の接合方式や車体構造の改善が図られ、最終的には2〜15キロトンの核爆発の爆心から300m以内において、何とか無傷で生残でき得る車体にまで改善することができた。
しかし、問題は放射線による影響であった。

仮に車体が無傷であったとしても、T-54中戦車の場合は爆心地から700m以内においては放射線による影響、あるいは放射能に汚染された空気によって乗員が死亡するとの結論が試験から確認された。
ソ連国防省は第75ハリコフ・ディーゼル工場(KhDZ)の第60設計局(主任技師A.A.モロゾフ)に対して、戦車用の放射能防御システムPAZの開発を発令し、1956年には基本的なシステムが完成を見るに至った。

PAZは、車外から採り入れる空気を汚染除去フィルターに通して車内に供給すると共に、乗員区画内の空気を加圧して、わずかな隙間からも放射能汚染気が侵入することを妨げる機構を採用していた。
そのため砲塔の前部右上面にあった、主砲や同軸機関銃の発砲煙(および含有される一酸化炭素)の充満を防ぐための換気ヴェンチレイターは廃止され、PAZによる空気循環システムで搭乗空間の吸排気が行われるようにされた。

PAZを導入した新型中戦車はニジニ・タギル所在の第183ウラル貨車工場(UVZ)の第520設計局(主任技師L.N.カルツェフ)で設計・試作が行われ、これにはさらにT-54M試作中戦車に搭載された出力向上型ディーゼル・エンジンV-54-6(出力580hp)を導入することとなり、「T-55」(オブイェークト155)と呼称された。
T-55中戦車は、1958年5月24日付のソ連国防省命令によりソ連軍への制式採用が決定された。

戦後、ソ連においては新規の兵器を軍に採用する場合はソ連閣僚会議の決定によって行われ、同種兵器のヴァリエーションの採用は国防省命令で行われる体系になっていたようである。
従ってT-55中戦車については、開発番号こそ異なるもののT-54中戦車系列のヴァリエーションの1つと目されていたといえる。

1958〜62年にかけてニジニ・タギルのUVZ、ハリコフのV.A.マールィシェフ工場(VMZ、1957年に第75ハリコフ・ディーゼル工場から改称)、スヴェルドロフスク(現エカテリンブルク)のウラル重機械工場(UZTM)で生産されたT-55中戦車の基本型は、PAZや出力向上型エンジンの導入の他、幾つか形態的にもそれまでのT-54中戦車シリーズとは異なる特徴を有していた。

顕著なのは砲塔の各部の違いで、まずPAZ導入で右上面のヴェンチレイター・ドームが無くなったことは前述したが、その他にも装填手用ハッチが対空機関銃用の回転マウントの無い単純な前開き式の1枚ハッチにされたこと、砲手席上面部に設置されたTPN-1暗視照準機の他に固定式の視察用ペリスコープが設けられたこと等がある。

戦車固有の対空兵装(12.7mm重機関銃DShKM)は廃止され、戦車部隊の対空防御は別に編制された対空自走砲部隊(多くは装甲兵員輸送車に連装式の14.5mm対空機関銃ZPU-2や23mm対空機関砲ZU-23-2等を搭載したもの)が組織的に行うと割り切られたのである。
外部に露出した対空機関銃は、放射能汚染された場合の除染作業が面倒であることも搭載が嫌われた理由のようである。

併せてT-55中戦車では、排気マフラーを使用する独特の煙幕発生装置TDAが採用された。
これは排気マフラー内に燃料を噴射して白煙を発生させるもので、T-34-85中戦車以来用いられてきた車体後部に取り付ける発煙燃料ドラムによる発火式の煙幕展開装置BDSh-5に代わるものだった。
またT-55中戦車は、すでに10年を超えたT-54中戦車シリーズの量産・運用実績を踏まえて、パワープラント関係の信頼性を向上させるための改良が施された。

主に変速・操向システム関係の他、冬季でも夏季でも機能障害を起こさない燃料噴射装置や、オイル循環装置の導入が図られた。
これで、アフリカから極北地帯まで広く使用できる戦車としての実質を備えていった。
また車体前部の主砲弾薬ラック周りの燃料タンクの容量を大幅に増量し、T-54中戦車シリーズに比べて150リットル以上も多く燃料を搭載できるようになった。

その結果、路上航続距離は500km程度まで延伸された。
車体前面装甲板の後ろに燃料と弾薬をぎゅうぎゅう詰めにしたことは、確かに航続距離の延伸という面ではメリットがあったが、後にT-55中戦車を供与されたアラブ諸国軍が中東戦争におけるイスラエル軍戦車との戦闘において、この部分の装甲を貫徹された際に燃料や弾薬が誘爆して思わぬ被害をもたらすことに繋がり、T-55中戦車の致命的な弱点となってしまった。

T-55中戦車は火力の増強も図られ、主砲の搭載弾薬数がT-54中戦車シリーズの34発から43発に増やされた他、新たに開発されたBK5M HEAT(対戦車榴弾)が導入された。
BK5Mは射距離に関わらず厚さ390mmのRHA(均質圧延装甲板)の穿孔が可能で(弾着角90度)、西側がイギリスの王立造兵廠製の105mm戦車砲L7を搭載した新型MBTを登場させたことによって、性能面で水を開けられたT-54/T-55中戦車の100mm戦車砲D-10シリーズの対装甲威力を大幅に向上させるものと期待された。

併せて、T-55中戦車からプレス製造の星型転輪OKZFが標準装備されるようになり、これ以前のT-54中戦車シリーズや近代化改修を受けたT-34-85中戦車、T-44中戦車等にもオーバーホール時に導入されていった(西側では「スターフィッシュ」(ヒトデ)型転輪と呼称された)。
T-55中戦車の量産は、1958〜62年にかけて行われた。

また本車をベースにした火焔放射戦車「TO-55」(オブイェークト482)も、同時期に少数が生産された。
TO-55火焔放射戦車は、T-54中戦車ベースのOT-54火焔放射戦車に用いられた火焔放射機の改良型ATO-2000を同じように主砲同軸機関銃に代えて搭載したもので、これに伴い主砲の搭載弾薬数は25発に減らされている。


●T-55A中戦車

乗員区画への汚染空気の侵入を防いで、一応NBC防御システムを備えることになったT-55中戦車であったが、車内の空気清浄化と気密性の確保だけでは、装甲板の薄い部分を貫くX線やγ線が乗員に与える影響を充分に防げないことは明らかであった。
そこで1961年より、鋼鉄研究所において対放射線防護カバーの開発が着手された。

鋼鉄研究所が開発した防護カバーは、放射線を遮断する鉛分を混入させたプラスティック樹脂製のもので、取り付け部に合わせて成形しネジ止めすることができた。
防護カバーは車長用キューポラとハッチ、装填手用ハッチの全体に盛り上がるように取り付けられ、操縦手用ハッチの前半部にも盛り上げた形で追加された。
さらに砲塔や車体の内部にも、防護カバーと同じ材質のライナーが内張りされた。

この対放射線防護カバーを取り付けたタイプは、「T-55A」(オブイェークト155A)として1962年7月16日付のソ連国防省命令により制式採用が決定された。
T-55A中戦車では操縦手席右横に配置された7.62mm固定機関銃が廃止され、また主砲同軸機関銃もT-54中戦車以来のSGMTから、M.T.カラシニコフが設計した7.62mm汎用支援機関銃PKの車載型であるPKTに換えられた。
これ以後、順次オーバーホールが実施されるごとに旧来の車体の機関銃も同様に交換されていった。

T-55A中戦車は1962〜69年にかけて生産された前期型と、1970年代以降に生産された後期型の2種類に分類することができる。
前期型がT-55中戦車に対放射線防護カバー等を追加し、主砲同軸機関銃を変更したのみだったのに対し、後期型は、装填手用ハッチ側に12.7mm重機関銃DShKM用の回転マウントを対放射線防護カバーで被って取り付けていた。

前述のように、ソ連はT-55中戦車において一旦12.7mm重機関銃の装備を取り止めたものの、アメリカ軍がヴェトナム戦争において地上攻撃ヘリコプターを多数投入したことから、戦車固有の対空兵装の強化のために再度、1970年以降に生産されたT-55A中戦車に12.7mm重機関銃を取り付けると共に、過去に生産されたT-55中戦車シリーズにも順次取り付けが図られていった。
T-55A中戦車は1963〜77年にかけて量産され、主に東欧諸国に輸出された。

1990年代の旧ユーゴスラヴィア内戦においても、多数が投入されている。
1967年には100mm戦車砲用の新型徹甲弾が実用化されたが、このBM8 APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)は砲口初速1,415m/秒で発射され、射距離2,000mにおいて直立した厚さ275mmのRHAを貫徹できた。
しかし、T-54/T-55中戦車シリーズはFCS(射撃統制システム)の性能が西側第2世代MBTに比べて大きく劣っていたため、主砲の威力が強化されても西側第2世代MBTとの戦闘では依然として劣勢を強いられた。


●T-55M/T-55AM戦車

旧ソ連では、それまで大量に装備されていたT-54/T-55中戦車シリーズをT-72戦車シリーズによって完全に更新する方針であったが、ブレジネフ政権の末期であった1980年代初頭ソ連経済の停滞が顕著となり、軍備調達においても軌道修正が必要となってきていた。
自然、大量にある戦後第1世代MBT T-55中戦車やT-62中戦車の性能を、「適切な価格でT-64戦車や少なくともT-72戦車初期型のレベルに引き上げる」ための近代化改修が図られることになった。

T-55中戦車の近代化改修は1981年7月25日付の政府命令で実施が決定され、スヴェルドロフスクのUZTM設計局が企画を担当することになった。
ソ連軍の制式装備として採用されたのは、1983年である。
まず改修されたのは1962年以降に生産されたT-55A中戦車で、これを基にした改修型は「T-55AM」と称された。

火力統制面ではレーザー測遠機KTD-2と新型照準機TShSM-32PV、および対戦車誘導ミサイル9M117-1「バスチオン」(Bastion:砦)用のレーザー照準・誘導装置1K13を搭載した他、ディジタル弾道計算機BV-55を備えた。
主砲の安定化装置も走行間射撃を可能とした「ツィクローン(Tsiklon:暴風雨)M1」に換装され、主砲の砲身にはT-72戦車等の125mm滑腔砲のものと同様の金属製サーマル・スリーブ(砲身断熱被筒)が取り付けられた。

これらの仕様を見る限りにおいては、西側第2世代MBTに勝るとも劣らないFCSを備えるようになっており、劣っている点は、新型徹甲弾を用いても装甲貫徹力が射距離2,000mで275mmに留まっていること(イスラエル軍MBTがL7系105mm戦車砲から発射するM111 APFSDSの同条件での装甲貫徹力は342mm)と、4発/分という発射速度の遅さである。

これを補うために、レーザー誘導式対戦車ミサイル9M117-1「バスチオン」(装甲穿孔力550mm/最大有効射程4,000m)を主砲から発射できるようにし、西側MBTに対してアウトレンジ攻撃を可能にしようとされている。
防御面では、車体前面上部に30mm厚の圧延防弾鋼板でできた箱型追加装甲(内部は5mm厚鋼板と発泡ウレタンを幾層かに重ねた簡易複合装甲)、砲塔前半分には馬蹄型追加装甲(これも箱型追加装甲同様、内部に複合装甲を持つ)が装着された。

また車体下面の操縦手席付近には、対地雷用に20mm厚の追加装甲が空間装甲式に装着された他、車体側面部にワイアーメッシュの入ったゴム製補助装甲とサイドスカートを追加して、成形炸薬弾への防御力を高めている。
改修に伴う重量増大(36.5tから41.5tへ)で機動力が損なわれないように、エンジンもスーパーチャージャー付きの出力強化型V-55U(620hp)に換装された。

ただし、被弾時の安全のために左フェンダー上に配置されていた車外燃料タンクが廃止され、車内燃料タンクのみを使用するようになったため航続距離は短くなった。
煙幕展開システムについても従来のTDAに加えて、T-72戦車シリーズ等で用いられている発煙弾発射機902B「トゥーチャ」(Tucha:黒雲)が8基追加されている。

履帯は旧型のドライピン式を廃し、1960年代後半より導入が図られT-72戦車シリーズにも採用された、ライブピン(ピン周りに摩擦係数低減のためゴムブッシュを取り付けている)式のRMSh履帯を標準装備する。
1983年の制式採用後、ソ連軍の保有するT-55A中戦車は順次T-55AM戦車に改修されていった。
またチェコスロヴァキアにおいても、ほぼ同様の仕様を採り入れて自国製T-55A中戦車の改修が実施され、東ドイツにも供給された。

旧ソ連においてはさらにT-72戦車シリーズとエンジンの共用化が図られ、V-46-5Mディーゼル・エンジン(出力690hp)が搭載されたヴァージョンも生まれ、「T-55AM1」と区分されている。
1983年からは、1950年代に生産された初期型のT-55中戦車にもT-55AM戦車に準ずる改修が施され、こちらは「T-55M」と称されている。
V-46-5Mエンジンを搭載したタイプは、「T-55M1」と区分されている。


●T-55AD戦車

T-55AD戦車はT-55AM戦車と同じく1983年に登場したユニークな改修型で、最近のロシアの資料では「世界で最初にAPS(アクティブ防御システム)を搭載した戦車」として自慢されている。
T-55A中戦車をベースとした本型は車体部分やエンジン、足周り、火力強化や主砲FCS関係の改修はT-55AM戦車と同様だが、砲塔は外側に追加複合装甲を付けず、内側に取り付けて最大厚460mmとT-72M戦車(T-72A戦車の輸出タイプ)と同様の装甲防御力を誇っている。

そして最大の特徴である「ドロズド」(Drozd:ツグミ)APSを、砲塔の両側に取り付けている。
「ドロズド」は、トゥーラの制御システム開発設計局(KBP)の手で1977〜78年にかけて開発されたAPSである。
本システムは誘導弾に対して迎撃用散弾を発射して破壊するもので、砲塔両サイドに2基ずつの散弾発射筒(口径107mm)を備えている。

これは、砲塔前上面にあるセンサーがこちらに向かってくる誘導砲弾や対戦車ミサイルを感知すると、散弾の有効射程に入った段階で適切な方向の発射筒から散弾発射を自動的に行う仕組みである。
散弾発射筒は、戦車前面の水平方向約40度の範囲をカバーするようになっている。
本型にもT-72戦車シリーズと同系統のV-46-5Mエンジンを搭載したものがあり、これは「T-55AD1」と呼ばれている。


●T-55MV/T-55AMV戦車

1985年からは、クビンカの装甲・戦車技術開発研究所(NIIBT)で開発されたERA(爆発反応装甲)ブロック「コンタークト(Kontakt:接触)1」ERAを、T-55M戦車とT-55AM戦車に取り付けたT-55MV戦車およびT-55AMV戦車が現れ始めた。
この装着要領はT-72AV戦車やT-72B戦車等と同様で、車体前面とサイドスカート部、それに砲塔前半部にERAブロックをびっしり取り付けている。

またFCSは、データの自動入力等ができる統合システム「ヴォルナー」(Volna:波)が導入されている。
やはり、V-46-5Mディーゼル・エンジンに換装したものは「T-55MV1」、「T-55AMV1」と区分される。
本型はチェチェン紛争やグルジア、アゼルバイジャン等のカフカス山脈地方の共和国内紛争でのニュース・フィルムによく登場する。


<T-55中戦車>

全長:    9.00m
車体長:   6.04m
全幅:    3.27m
全高:    2.35m
全備重量: 36.5t
乗員:    4名
エンジン:  V-55 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル
最大出力: 580hp/2,000rpm
最大速度: 48〜50km/h
航続距離: 480〜500km
武装:    56口径100mmライフル砲D-10T2S×1 (43発)
        7.62mm機関銃SGMT×2 (3,500発)
装甲厚:   20〜200mm


<T-55A中戦車>

全長:    9.00m
車体長:   6.45m
全幅:    3.27m
全高:    2.40m
全備重量: 36.5t
乗員:    4名
エンジン:  V-55V 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル
最大出力: 580hp/2,000rpm
最大速度: 48km/h
航続距離: 500km
武装:    56口径100mmライフル砲D-10T2S×1 (43発)
        12.7mm重機関銃DShKM×1 (300発)
        7.62mm機関銃PKT×1 (3,000発)
装甲厚:   20〜200mm


<T-55AM戦車>

全長:    8.618m
車体長:   6.45m
全幅:    3.526m
全高:    2.35m
全備重量: 41.5t
乗員:    4名
エンジン:  V-55U 4ストロークV型12気筒液冷スーパーチャージド・ディーゼル
最大出力: 620hp/2,000rpm
最大速度: 50km/h
航続距離: 290km
武装:    56口径100mmライフル砲D-10T2S×1 (42発)
        12.7mm重機関銃DShKM×1 (300発)
        7.62mm機関銃PKT×1 (3,000発)
        9K116-1バスチオン対戦車誘導ミサイル・システム
装甲:     複合装甲


<参考文献>

・「グランドパワー2003年11月号 進化し続ける老兵:T-55シリーズの最新改修モデル T-55M(5) & M(6)」  ガリ
 レオ出版
・「グランドパワー2003年4月号 ソ連戦車 T-54/55 (2)」 古是三春 著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2003年5月号 ソ連戦車 T-62」 古是三春 著  ガリレオ出版
・「世界の戦車(2) 第2次世界大戦後〜現代編」  デルタ出版
・「パンツァー1999年7月号 ロシアにおけるT-55、T-62の近代化改修」 古是三春 著  アルゴノート社
・「パンツァー2013年1月号 20世紀のベストセラー戦車 T-54/55」 平田辰 著  アルゴノート社
・「パンツァー2003年7月号 現用のT-54/55戦車近代化型」 鈴木浩志 著  アルゴノート社
・「パンツァー2006年12月号 T-55戦車 インアクション」 城島健二 著  アルゴノート社
・「ロシア軍車輌写真集」 古是三春/真出好一 共著  アルゴノート社
・「世界のAFV 2011〜2012」  アルゴノート社
・「最新&最強 世界の兵器」 おちあい熊一/野木恵一 共著  学研
・「ソビエト・ロシア 戦車王国の系譜」 古是三春 著  酣燈社
・「徹底解剖!世界の最強戦闘車両」  洋泉社
・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」  コーエー
・「新・世界の主力戦車カタログ」  三修社


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