T-50軽戦車
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+概要
レニングラード(現サンクトペテルブルク)の第232ボリシェヴィーク工場から1933年に分離独立した第174K.E.ヴォロシーロフ工場では、1940年に入ってL.S.トロヤーノフ主任技師の統括下、T-26軽戦車の後継となるべき歩兵支援用戦車の開発が進められた。
これが、T-126SP(”SP”はSOPROVOZhDENIYa PEKhOTUI=”歩兵支援”の頭文字)軽戦車である。
当時、ウクライナの第183ハリコフ機関車工場(KhPZ)のM.I.コーシュキン主任技師らが従来の騎兵戦車、歩兵支援用戦車、中戦車の3つの役割を1車種で代替できる万能中戦車T-34を完成させたばかりであったが、ソ連軍内部にはT-34中戦車は歩兵支援任務に使用するには贅沢過ぎるという声もあったため、新たな歩兵支援用戦車として本車が開発されることになったのである。
T-126SP軽戦車は、T-26軽戦車のコンセプトを踏襲しながらもT-34中戦車やKV重戦車の開発成果を活かし、車体デザインにはT-34中戦車と同様に避弾経始を全面的に採り入れた上、緩衝ゴム内蔵の鋼リム式転輪やトーションバー(捩り棒)式サスペンションなどKV重戦車と同様の足周りを採用していた。
装甲厚は20〜45mmで、傾斜装甲の効果によりT-34中戦車と同等の防御力を有していた。
武装は、T-26S軽戦車と同じく46口径45mm戦車砲20Kと7.62mm機関銃DTを砲塔防盾に同軸装備していたが、これはソ連軍装甲車両総局(GABTU)局長のD.G.パブロフ大将等、一部の機甲部隊幹部が45mm砲の威力を熱烈に信奉していたことの影響による(実際は、特に対陣地戦闘などでは45mm戦車砲は威力不足だと、スペイン内戦や対フィンランド戦争(冬戦争)での実戦経験から指摘されてはいた)。
KV重戦車とT-34中戦車の各要素を採り入れて小型化した感のあるT-126SP軽戦車は、T-26軽戦車の後継としての歩兵支援用戦車としては完成されたものといえたが、17tの戦闘重量に対して、搭載するV-3
直列6気筒液冷ディーゼル・エンジンがアンダーパワーで(出力:270hp、出力/重量比:15.9hp/t)、路上最大速度は35km/hに過ぎなかった。
これでは、T-26軽戦車の路上最大速度29〜30km/hと比べてそれほど向上したといえるものではなかったので、1940年末にエンジンをやや強力なV-4
直列6気筒液冷ディーゼル・エンジン(出力300hp)に換装し、車体各部の装甲厚を減らして重量を軽減したT-50軽戦車が製作された。
これは最大装甲厚を37mmに削ったものの、当時の軽戦車としては充分な防御力を有し、戦闘重量が14.5tに減少したことも手伝って出力/重量比が20hp/tまで向上して、路上最大速度は50km/hに達した。
T-50軽戦車はその他にも、砲塔上面後部に全周視察が可能な車長用キューポラが設けられたのが特徴で、目的とした歩兵支援戦闘において、周囲の状況を良く観察しながら実戦行動を取れるよう改善されたのは、当時のソ連軍戦車としても進歩的な方向だった(この車長用キューポラは、フランス軍戦車のもののように視察装置しか設けられていない小さなもので、ドイツ軍戦車のようにここから身を乗り出して直接外部視察を行ったり、出入りすることのできるようなハッチは設けられていなかった)。
各部の装甲厚は車体が前面37mm、側/後面25〜37mm、上/下面12〜15mm、砲塔が前面37mm、側/後面15mm、上面12〜15mmとなっていた。
最大厚37mmの装甲はT-126SP軽戦車より削られたとはいうものの、その傾斜装甲の効果もあって前面は射距離500mからの37mm徹甲弾を跳弾させてしまう防御力が保証されていた。
またT-50軽戦車には9R無線送受信機が標準装備されることになったが、無線機の標準装備はソ連軍の軽戦車では本車が初めてであった。
第174工場では、独ソ戦(大祖国戦争)の勃発まで2カ月に迫った1941年4月からT-50軽戦車の量産の準備が開始された。
また、KV重戦車シリーズの開発を統括してきた第100キーロフ工場のZh.Ya.コーチン主任技師まで乗り出して、変速・操向機関係の改良によって機動性能の更なる向上を図り、主砲同軸の7.62mm機関銃DTを連装にしたT-50ヴァリアント2(オブイェークト211)軽戦車が試作されたが、この試作車が充分に試験されることはおろか、生産開始のための治具やトーションバーなどの製作とストック蓄積が終了しないうちに独ソ戦が勃発してしまったため、T-50ヴァリアント2軽戦車の開発は中止された。
そして緒戦でのソ連軍機甲部隊の急速な敗北のため、第174工場では新規にT-50軽戦車の生産を開始する余力を失い、その能力は専ら不足がちだった既存の各種戦車の補修用パーツの製造や、損傷戦車の修繕・戦力回復、未整備戦車の整備活動に追われるようになった。
その内にレニングラードがドイツ・フィンランド軍による包囲下に陥り、悪くすると占領されかねないまでに情勢が悪化した。
このため第174工場は他の多くの市内在の軍需企業と同じく疎開を余儀なくされ、1941年10月から沿ヴォルガ軍管区のチカロフ(現オレンブルク)への疎開作業が開始された。
チカロフへの疎開は同年11月いっぱいまで掛かったが、第174工場ではとりあえず移転時に持ち出した資材で供給可能な兵器を生産することとなり、ようやくT-50軽戦車の生産が開始されたのである。
しかし持ち出した資材分では63両しか製作できず、1942年初めまでにT-50軽戦車の生産は終了し、同工場はシベリアのオムスクに再疎開して第174オムスク・レーニン工場として再出発し、他のより切実な兵器の生産にあたるようになった。
完成したT-50軽戦車は生まれ故郷のレニングラードを防衛するため、カレリア地峡方面におけるフィンランド軍との戦闘に投入された。
足周りがKV重戦車に良く似ていたため、ソ連軍戦車兵たちから「マールィ・クリム」(小さなクリム=クリメント・ヴォロシーロフ元帥)と呼ばれたT-50軽戦車だが、車体シルエットやエンジン配置などのレイアウトはT-34中戦車そっくりで、その機動性能もT-34中戦車並みに良好であった。
しかし1942年の戦闘の中で少なくとも1両が無傷でフィンランド軍に鹵獲され、同軍によって指揮戦車として使用され、1944年夏のソ連軍による攻勢時にフィンランド軍が実戦に投入している。
ソ連軍によるT-50軽戦車の戦闘記録はほとんど残されていないが、1944年4月10日にドイツ軍がT-50軽戦車の増加装甲装着型と戦闘した記録がある。
これによるとT-50軽戦車は車体前面や砲塔側面を中心に増加装甲が溶接されており、砲塔上には対空用の7.62mm機関銃DTも追加されていて戦闘重量は18tであったという。
この記録からT-50軽戦車は生産数が少なかったにも関わらず、独ソ戦末期の頃まで使用が続けられていたことが確認できる。
さらに本車をベースにした火焔放射戦車ATO-41を製作することが企図されたが、試作の域を出なかったと見られる。
T-50軽戦車は、トラック用のコンポーネントを流用して安価に生産できるT-60やT-70などの軽戦車に比べて、製造に高価なコストが掛かる反面、主砲の45mm戦車砲はドイツ軍戦車に対抗するには非力過ぎるため、本車の量産を再開しようという動きは独ソ戦中皆無であった。
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<T-126SP軽戦車>
全長: 4.70m
全幅: 2.765m
全高: 2.33m
全備重量: 17.0t
乗員: 4名
エンジン: V-3 4ストローク直列6気筒液冷ディーゼル
最大出力: 270hp
最大速度: 35km/h
航続距離:
武装: 46口径45mm戦車砲20K×1
7.62mm機関銃DT×2
装甲厚: 20〜45mm
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<T-50軽戦車>
全長: 5.20m
全幅: 2.45m
全高: 2.165m
全備重量: 14.5t
乗員: 4名
エンジン: V-4 4ストローク直列6気筒液冷ディーゼル
最大出力: 300hp/2,000rpm
最大速度: 50km/h
航続距離: 344km
武装: 46口径45mm戦車砲20K×1 (150発)
7.62mm機関銃DT×2 (4,000発)
装甲厚: 12〜37mm
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<T-50ヴァリアント2軽戦車>
全長: 5.20m
全幅: 2.47m
全高: 2.165m
全備重量: 13.5t
乗員: 4名
エンジン: V-4 4ストローク直列6気筒液冷ディーゼル
最大出力: 300hp/2,000rpm
最大速度: 64km/h
航続距離:
武装: 46口径45mm戦車砲20Km×1
7.62mm機関銃DT×2
装甲厚: 12〜55mm
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<参考文献>
・「グランドパワー2022年9月号 フィンランド軍用車輌写真集(3)」 齋木伸生 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2019年10月号 フィンランド戦車発達史」 齋木伸生 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2014年6月号 ソ連軍 T-26軽戦車」 齋木伸生 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2022年11月号 ソ連軍軽戦車 T50」 齋木伸生 著 ガリレオ出版 ・「ソビエト・ロシア戦闘車輌大系(上)」 古是三春 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2001年10月号 ソ連軍軽戦車(2)」 古是三春 著 デルタ出版
・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画
・「ビジュアルガイド WWII戦車(2) 東部戦線」 川畑英毅 著 コーエー ・「写真集 フィンランド軍戦車発達史 中編」 齋木伸生 著 芬蘭堂
・「図解・ソ連戦車軍団」 齋木伸生 著 並木書房
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