1938年初め、ウェストミンスターのヴィッカーズ・アームストロング社は巡航戦車Mk.ＩＩ（A10）の改良型である歩兵戦車を自主開発し、同年2月14日のヴァレンタイン・デーにこの設計プランをイギリス戦争省に提出している。
一説によると、これが「ヴァレンタイン」（Valentine）と命名されるきっかけになった。
A10巡航戦車は本来、巡航戦車Mk.Ｉ（A9）の装甲を強化した歩兵戦車として開発されたが、出現時にはもっと重装甲の歩兵戦車が要求されるようになっていたために、重巡航戦車に分類されていたものである。

ヴィッカーズ社はA10巡航戦車の技術、部品、生産設備が流用できる利点が大きいと判断していた。
しかしサスペンション、変速･操向機、エンジンに同じものを使う以上は重量は16tが上限と見られ、この重量制限のためにイギリス陸軍の要求、特に装甲厚と砲塔サイズの両立は困難で、最大装甲厚を65mmとする代わりに砲塔は2名用の小型のものを採用せざるを得なかった。

戦争省はこの小型砲塔には難色を示していたが、当時の情勢では戦車を緊急に大量に整備する必要があり、最終的に妥協した。
そして1939年6月には、まだ設計段階にあったヴァレンタイン歩兵戦車に対して275両の生産発注が行われている。
ただし、できるだけ早く生産を開始すべしとの条件が付けられた。

ヴァレンタイン歩兵戦車の設計が完了したのは1939年10月で、1940年4月から生産が開始された。
当面は、月産8両が目標であった。
1940年5月にはイギリス陸軍の試験を受けたが成績は良好で、射撃時の安定性も充分で機械的にも信頼性は高かった。
このため本車は、「歩兵戦車Mk.III」（Infantry Mk.III）として制式化されることとなった。

実戦部隊に配備されたのは1940年末で、1941年には北アフリカのイギリス第8軍に装備された。
それ以後、北アフリカ戦ではその高い信頼性で好評であった。
この諸戦闘において、4,000kmを無故障で走破した車両もあったという。
1941年末までヴァレンタイン歩兵戦車は、巡航戦車の不足を補うための「代用巡航戦車」としての任務を与えられていた。

元々巡航戦車として開発された車両をベースとして開発されたものであったため、このような転用も比較的無理なく実施できた。
1942年には本車1個大隊が軽戦車と共に、マダガスカル島での戦闘にも投入された。
ヴァレンタイン歩兵戦車はニュージーランド陸軍第3機甲師団の戦車大隊にも配属され、太平洋戦域でベラ・ラベラ島やグリーン諸島の戦闘で使われた。

また少数がビルマに送られ、日本軍のインパール作戦を迎え撃っている。
1944年6月の「ノルマンディー上陸作戦」（Operation Neptune：ネプチューン作戦）の頃までには第一線から退き、多くが特殊車両に改造された。
その主なものは架橋戦車、火焔放射戦車、地雷処理車、アーチャー17ポンド対戦車自走砲、DD戦車等である。
北アフリカでは、ビショップ25ポンド自走榴弾砲のベース車体ともなった。

ヴァレンタイン歩兵戦車は、Mk.Ｉ〜Mk.XIまで全部で11型式が生産された。
おそらく、これほどの型式が作られた戦車は他には無い。
Mk.Ｉ〜Mk.IVまでは2ポンド（40mm）戦車砲を搭載し、Mk.VIIIとMk.Ｘは6ポンド（57mm）戦車砲、Mk.XIは75mm戦車砲を装備していた。
ヴァレンタイン歩兵戦車の砲塔は、AEC Mk.Ｉ装甲車の車体にも搭載された。

ヴァレンタイン歩兵戦車の生産は1944年4月まで続けられ、各型合計で8,275両が生産された。
イギリス本国で生産されたのは6,855両で、その内訳はヴィッカーズ社で2,515両、ソルトリーのMCCW社（Metropolitan Cammell Carriage and Wagon：メトロポリタン・キャメル客車・貨車製作所）で2,135両、残りの2,205両はBRCW社（Birmingham Railway Carriage and Wagon：バーミンガム客車・貨車製作所）である。

1943年には、イギリスの戦車生産台数の約25％を本車が占めていた。
生産数も順調に増え、1940年6月には月産10両であったが1年後には平均45両となり、1941年12月には最大の81両に達した。
1940年6月には、カナダ・アルバータ州カルガリーのCPR社（Canadian Pacific Railway：カナダ太平洋鉄道）も量産態勢に入った。

当初は車体のみを生産してイギリスの組み立て工場に出荷する予定であったが、結局完成までの一貫工程を請け負うことになった。
ここで生産された1,420両のヴァレンタイン歩兵戦車は、国内訓練用の30両以外は全てソ連への供与に回された。

ソ連には、イギリス本国で生産された中からも2,394両が供与されている。
ソ連軍でのヴァレンタイン歩兵戦車の評価は高く、連合国から供与された戦車の中で最も優秀であるとしている。
本車は、イギリスが第2次世界大戦前に開発した最後の戦車となった。