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M5軽戦車





アメリカ陸軍初の本格的な軽戦車として大量生産が行われたM3軽戦車であったが、生産数の増大と共に搭載するアラバマ州のコンティネンタル発動機製のW-670-9A 星型7気筒空冷ガソリン・エンジン(出力262hp)の供給が追い付かなくなった。

このため、テキサス州のギバーソン・ディーゼル・エンジン社製のT-1020-4 星型9気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力245hp)がM3軽戦車に用いられることになったが、部隊レベルでの問題が多くこのため生産数も少なく、訓練用として用いられたに過ぎなかった。

これを背景として1941年に、ジェネラル・モータース社の子会社であるミシガン州デトロイトのキャディラック社はアメリカ陸軍装備局に対して、M3軽戦車に自社の自動車用V型8気筒液冷ガソリン・エンジン2基を搭載する案を提出し、これが認められ同年秋に「M3E2」の名称で試作車の製作が発注されることになった。

1941年10月に完成したM3E2軽戦車の試作車は、キャディラック社が民需用として開発した油圧式自動変速機を採用しており、運行試験においてデトロイトからアバディーンまで800kmを機関系の故障無しに走行し、さらに変速なども容易でアメリカ陸軍の関係者を大いに喜ばせた。
さらに、星型エンジンに比べて戦闘室下部を貫通するプロペラシャフトの位置を下げることができ、砲塔バスケットを下に延長できることは、それまでM3軽戦車で問題となっていた居住性の悪さを解消できることにも繋がった。

このM3E2軽戦車の生産は承認され、1942年2月に「M5軽戦車」(Light Tank M5)として制式化された。
これは本来なら「M4軽戦車」となるべきだが、M4中戦車との混乱を避けるために「M4」を欠番とし「M5」となった。
キャディラック社製のシリーズ42 V型8気筒液冷ガソリン・エンジン(出力148hp)を左右並列に収容するために、車体後部の機関室は1段上に持ち上げられた形に改められ、生産性の向上を図って車体は単純な箱型構造とされ、車体前面装甲板は1枚式に変わり避弾経始を考慮して大きな傾斜が付けられた。

車体形状の改良により車内スペースが増加したため車内に弾薬庫と燃料タンクが追加され、37mm砲弾の搭載数がM3軽戦車の103発から147発に増え、路上航続距離も113kmから161kmへと増大している。
装甲板は従来は表面硬化鋼板をリベット接合していたが、生産性を上げるために均質鋼板の溶接構造に変更された。

溶接構造の動力旋回式砲塔とそれに組み込まれた砲塔バスケットはM3A1軽戦車と同形式で、主砲にはジャイロ式安定化装置が装着されていた。
M5軽戦車の生産は開発メーカーであるキャディラック社が担当し、生産型第1号車は1942年3月末にロールアウトしている。

生産は同年12月まで続けられ、2,074両が完成した。
このM5軽戦車に対して、M3A3軽戦車に準じた改良を行ったものがM5A1軽戦車である。
砲塔はM3A3軽戦車で採用された、後部を延長して内部容積の増大を図り無線機を収容した新型砲塔に換装され、砲塔の右側には防弾鋼板を装着した対空機関銃用のピントルマウントが標準装備として備えられていた。

さらに車体前部にそれぞれ独立して設けられていた操縦手と副操縦手用のハッチが大型化され、戦闘室の床面には新たに脱出用ハッチが設けられた。
M5A1軽戦車は1942年9月に制式化されたが、生産が開始されたのは1943年1月になってからであった。
さらに1943年10月からは、M3軽戦車の生産を終えたミズーリ州のACF社(American Car and Foundry:アメリカ自動車製造・鋳造所)も生産に加わり、1944年6月の生産終了までに両社合わせて6,810両が完成している。

M5軽戦車シリーズはイギリス軍には少数が供与されただけであり、イギリス軍では本車をM3軽戦車シリーズの一部と見なし「スチュアートVI」の名称を与えている。
M5軽戦車シリーズの最初の実戦投入は、1942年11月の北西アフリカでの松明作戦(Operation Torch)である。
この時、アメリカ陸軍第2機甲師団にM5軽戦車が配属されていた。

その後引き続きイタリア、ヨーロッパ戦線と使われたが、ヨーロッパでは戦車としてではなく装甲偵察連隊の偵察車として終戦まで活躍した。
一方太平洋戦線に投入されたM5軽戦車シリーズは、戦列戦車として日本軍の軽戦車や中戦車を相手にできた。
しかし1943年11月以降は、やはりM4中戦車に置き換えられていった。

アメリカは、1939〜45年にかけて合計28,919両の軽戦車を生産した。
1942年に最大生産数10,947両を記録し1943年は8,212両、1944年は4,043両と激減してゆく。
1942年の北アフリカ戦を峠として、軽戦車の価値は急速に薄れていったのである。
M5軽戦車シリーズの車体を利用した派生型としてはM8 75mm自走榴弾砲、M5指揮戦車、火焔放射戦車等がある。


<M5軽戦車>

全長:    4.338m
全幅:    2.243m
全高:    2.591m
全備重量: 15.014t
乗員:    4名
エンジン:  キャディラック・シリーズ42 4ストロークV型8気筒液冷ガソリン×2
最大出力: 296hp/3,200rpm
最大速度: 57.94km/h
航続距離: 161km
武装:    53.5口径37mm戦車砲M6×1 (123発)
        7.62mm機関銃M1919A4×3 (6,250発)
装甲厚:   9.53〜50.8mm


<M5A1軽戦車>

全長:    4.839m
全幅:    2.286m
全高:    2.565m
全備重量: 15.196t
乗員:    4名
エンジン:  キャディラック・シリーズ42 4ストロークV型8気筒液冷ガソリン×2
最大出力: 296hp/3,200rpm
最大速度: 57.94km/h
航続距離: 161km
武装:    53.5口径37mm戦車砲M6×1 (147発)
        7.62mm機関銃M1919A4×3 (6,750発)
装甲厚:   9.53〜50.8mm


兵器諸元(M5軽戦車)
兵器諸元(M5A1軽戦車)



<参考文献>

・「パンツァー2001年6月号 M3/M5軽戦車シリーズ」 白石光/水野靖夫 共著  アルゴノート社
・「パンツァー2012年11月号 AFV比較論 M5軽戦車とルクス」 久米幸雄 著  アルゴノート社
・「パンツァー2014年5月号 台湾陸軍博物館の第二次大戦車輌」  アルゴノート社
・「グランドパワー2009年11月号 M3/M5軽戦車シリーズ」 丹羽和夫 著  ガリレオ出版
・「世界の戦車(1) 第1次〜第2次世界大戦編」  ガリレオ出版
・「第2次大戦 イギリス・アメリカ軍戦車」  デルタ出版
・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著  大日本絵画
・「戦車メカニズム図鑑」 上田信 著  グランプリ出版
・「徹底解剖!世界の最強戦闘車両」  洋泉社
・「戦車名鑑 1939〜45」  コーエー


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