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M2 4.2インチ自走迫撃砲





アメリカ陸軍は大量生産とはいえないまでも、曲がりなりにもある程度が生産されたM3偵察車の汎用性を高めるために、迫撃砲を搭載する火力支援型の開発を計画した。
まず最初に製作されたのは、マーモン・ヘリントン社の手になる4輪乗用車に4.2インチ(107mm)迫撃砲M1を搭載したT5自走迫撃砲であった。
この車両は迫撃砲搭載のために車体後部が後方に延ばされ、その延長部に4.2インチ迫撃砲M1が載せられた。

また自衛用として、後部座席と延長部の間に支柱を立てて7.62mm機関銃M1919A4が1挺装備された。
なお必要に応じて迫撃砲は車体後方に引き出して車外からの射撃を可能としていたが、このため車体後面の中央部にはドアが設けられていたようである。
T5自走迫撃砲による試験を経て、後にこの4.2インチ迫撃砲M1はM3偵察車の生産型に搭載され「T5E1」の試作呼称が与えられた。

元々M3偵察車は装甲キャビン内に6名の兵員を収容できるように設計されていたため内容積が大きく、装甲キャビンの内壁に備えられている機関銃マウント用のスケートレールを撤去して、内部に迫撃砲と操作員用の座席2基、左右への弾薬箱などが収められた。
またM3偵察車は当初から車体後面の中央部に左開き式の大きな乗降用ドアが設けられていたので、迫撃砲を簡単に引き出すことができた。

期日は明らかにされていないが、T5E1自走迫撃砲はアメリカ陸軍に制式採用されて「M2 4.2インチ自走迫撃砲」(4.2in Mortar Motor Carriage M2)の制式呼称が与えられた。
ただし、その生産数に関しては不明である。
続いて1935年にはアメリカ陸軍騎兵部隊から、機械化騎兵向けとして81mm迫撃砲M1を搭載する装輪式自走砲の開発が要求された。

この要求に応える形で装輪式装甲車への81mm迫撃砲搭載に関する研究が開始され、1937年には4輪駆動式0.5tトラックのシャシーに81mm迫撃砲を収める装甲ボディを架設した装輪式自走砲の開発が検討されたものの、新規開発より既存の車両を流用する方が得策との判断が下されて、M3偵察車への81mm迫撃砲搭載が決定され「T1」の試作呼称が与えられた。
当然ながら前述のT5/T5E1自走迫撃砲と同様に、T1自走迫撃砲は車外からの迫撃砲射撃も可能とされていた。

そして、1940年5月16日付のOCM15805において改良型のM3A1偵察車への81mm迫撃砲搭載が明文化されたが、後により不整地走行能力に優れる半装軌式のM3ハーフトラックを81mm自走迫撃砲のベース車体とするよう方針が変更され、これは同年10月に「M4 81mm自走迫撃砲」(81mm Mortar Motor Carriage M4)として制式化された。
そしてM3A1偵察車への81mm迫撃砲搭載は、結局実ること無く終わっている。


<M2 4.2インチ自走迫撃砲>

全長:    5.144m
全幅:    2.041m
全高:    2.057m
全備重量: 3.479t
乗員:    5名
エンジン:  ハーキュリーズJXD 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 95hp/3,000rpm
最大速度: 96.56km/h
航続距離: 402km
武装:    4.2インチ迫撃砲M1A1×1
        7.62mm機関銃M1919A4×1
装甲厚:   6.35〜12.7mm


<参考文献>

・「グランドパワー2014年1月号 第2次大戦 アメリカ装輪装甲車」 後藤仁 著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2019年2月号 米軍装輪装甲車開発史」 後藤仁 著  ガリレオ出版


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