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ファハド装甲車





●ファハド240装甲兵員輸送車

エジプトは度重なるイスラエルとの戦いの中で、迅速な将兵の召集と最前線への早い展開が戦争の戦略的優位性を左右する重要な要素であると認識するようになり、他国よりも装輪式装甲車の運用に重点を置いていた。
そのためソ連から導入したBTR-152装甲兵員輸送車やBTR-40装甲兵員輸送車だけでなく、西ドイツのダイムラー・ベンツ社(現ダイムラー社)製の汎用高機動車両ウニモグのシャシーを用いたワリード装甲車も自国で開発し使用していた。

しかし、これらの車両は屋根の無いオープンボディで防御力に不安があった他、1980年代後半には旧式化することが目に見えていたため、これらの後継となる装輪式装甲車を軍は欲したのである。
そこで、エジプトは1980年代初頭に西ドイツに対して新型装輪式装甲車の開発を要請し、これに応じてティッセン・ヘンシェル社(現ラインメタル・ラントジステーム社)が設計した4×4型の装輪式装甲車がファハドだったのである。

なお「ファハド」(Fahd)の名称は、1922年にイギリスから独立して誕生したエジプト王国の初代国王「ファハド1世」に因んで付けられたもので、開発当初は「TH390」という呼称であった。
ファハド装甲車は開発こそ西ドイツ企業の手で行われたが、生産はエジプトのカダー先進重工業で行われ、以後他国への輸出もエジプトから行われている。

ファハド装甲車シリーズで最初に開発されたAPC(装甲兵員輸送車)タイプは「ファハド240」と名付けられ、ヴァリエーション展開する際のベース車体と位置付けられた。
本車は1985年からカダー先進重工業で生産が開始され、1986年からエジプト軍への引き渡しが始まった。
ファハド240のベースとなったのはダイムラー・ベンツ社製のLAP1117/32大型トラックで、これにティッセン・ヘンシェル社が設計した装甲ボディを組み合わせている。

ファハド240の車体は圧延防弾鋼板の全溶接構造で、防御力は全周に渡って7.62mm徹甲弾の直撃や榴弾の破片に耐えられる程度となっている。
本車はキャブオーバー式のトラックがベースのため車体最前部に操縦室があり、その後方下部にエンジンおよび変速・操向機が搭載されている。

そして車体中央部から後部にかけて兵員室が設けられており、兵員室内部には背中合わせにベンチシートが2基設置されている。
搭乗兵員はベンチシートに5名ずつ座るようになっており、合計10名の兵員を収容することが可能である。
操縦室内の操縦手(左)、車長(右)と合わせて合計12名が1両に乗車できる。
なお兵員の代わりに、1,800kgまでの貨物を兵員室内に搭載することも可能となっている。

操縦室の前面には操縦手と車長それぞれに防弾ガラス製の窓が設けられており、さらに開閉式の装甲カバーも備えられている。
操縦室の左右側面には防弾ガラス製の窓の付いた大型ドアが設けられており、乗員はここから乗降を行う。
兵員室の後面には上下開き式の大型ハッチが設けられており、兵員はここから乗降を行うようになっている。

また兵員室の後面には2個、左右側面には各4個ずつ計10個の視察窓とガンポートが設けられており、搭乗兵員が車外に向けて射撃を行うことができるようになっている。
操縦室の車長席の上面には円形ハッチが設けられており、また兵員室の上面にも縦長の大型ハッチが2枚設けられている。
それぞれのハッチの前にはピントルマウントが設置されており、ここに7.62mm機関銃を装備することができる。

ファハド240が搭載するエンジンは、強力なダイムラー・ベンツ社製のOM352A 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力168hp)で、さらに本車は悪路走破に威力を発揮するCTIS(タイア空気圧調整装置)を標準装備しており、整地における最大速度100km/h、不整地における最大速度60km/hの機動性能を誇っている。
燃料は長距離機動を考慮して280リットル搭載可能で、航続距離も整地で700km以上と優れている。

またファハド240はオプションとしてウィンチ、NBC防護装置、パッシブ式赤外線暗視装置、発煙弾発射機などを装備可能となっている。
なお、ファハド240は後期型ではベース車体を新型のLAP1424/32大型トラックに変更しており、エンジンがより高出力のOM366LA 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力275hp)に換装されている。

このOM366LAエンジンは後に前期型のファハド240にも移植されて、アップグレード化されている。
ファハド240は基本的には機関銃クラスまでの武装しか施せないが、20mm機関砲を車体上面に設置可能な他、フランスと西ドイツが共同開発したミラン対戦車ミサイルの発射機を搭載し、兵員室内に予備弾のコンテナを収容することで戦車駆逐車ヴァージョンに改修することも可能である。

ファハド装甲車シリーズは生産国のエジプト(1,400両)が最大のユーザーだが、それ以外にクウェート(約200両)やアルジェリア(200両)、バングラディシュ(66両)、オマーン(31両)などにも採用されており、その他にもコンゴやスーダンでも使用されているようである。
またイラクは導入国ではないが、1990〜91年の湾岸戦争の際に侵攻したクウェートで本車を鹵獲しており、その後の戦闘で支援車両として用いていたことから運用国といえるだろう。

この他にも国連に紛争地帯の職員輸送用として少数が販売されており、派遣された各国のPKO部隊とは別に国連車両として白色塗装で用いられている。
ファハド装甲車シリーズは湾岸戦争後にクウェートが追加導入を決めたことから1996年まで生産されており、現在でも各国軍で現役で使用されている。


●ファハド280歩兵戦闘車

ファハド280はファハド240のIFV(歩兵戦闘車)ヴァージョンで、車体上面にフランスのSAMM社(Societe d'Application des Machines Motrices:自動車機器専門企業)が開発した1名用のBTM208全周旋回式銃塔を設置したものである。
銃塔は電動式で、−8度〜+45度の範囲で俯仰が可能となっている。

武装は12.7mm重機関銃と7.62mm機関銃が同軸で搭載されており、銃塔側面には防弾ガラス製の視察窓が設けられている他、上部にはペリスコープも装備している。
ファハド280は銃塔を搭載したことで、全高がファハド240の1.98mから2.85mに増加している。
また乗員は銃塔を操作する機関銃手が追加されるため3名になるが、後部兵員室の収容人数は10名でファハド240と変わらない。


●ファハド280-30歩兵戦闘車

ファハド280-30は、1990年に発表された本格的なIFVヴァージョンである。
前述のファハド280と構造は同じだが、より強力なソ連製のBMP-2歩兵戦闘車の砲塔を搭載しており、これに伴い武装もBMP-2と同じ80.5口径30mm機関砲2A42と、7.62mm同軸機関銃の組み合わせに変わっている。
また砲塔上面に9M111ファゴット/9M113コンクールス対戦車ミサイルの発射機を搭載することが可能で、携行弾数は30mm機関砲弾が500発、7.62mm機関銃弾が2,000発、対戦車ミサイルが5発となっている。

砲塔は車長と砲手の2名を収容し、なおかつ底部には砲塔バスケットを装備している。
大型の2名用砲塔を搭載したことにより後部兵員室の容積は減少し、収容兵員数は7名に減っている。
また同様の理由により兵員室後面の乗降用ハッチは使い難くなったため、兵員室の左右側面に乗降用ドアが増設され、この影響で兵員室側面のガンポートも左右各3基ずつに減っている。


●ファハド装甲回収車

ファハド装甲回収車はファハド240の後期型をベースに後部兵員室を撤去して、そこに懸吊重量13tの油圧式クレーンを備えたタイプである。
クレーンのアームは左右で合計315度回転させることが可能で、アームの仰角は+70度となっている。


●ファハド装甲救急車

ファハド装甲救急車は外見は原型のファハド240と変わらないが、後部兵員室内を担架や医療器具を搭載できるレイアウトに変更したもので、負傷兵を最大8名(担架に乗せられた者と座れる状態の者とが4名ずつ)収容することが可能である。
乗員は操縦手の他に車長を兼ねる軍医、そして補助の衛生兵の合計3名である。


●ファハド装甲地雷敷設車

ファハド装甲地雷敷設車はファハド240の車体後部に牽引式の自動地雷敷設装置を連結したもので、兵員室後面のハッチを開放して兵員室内から地雷を供給することで自動的に地雷原を構築していく。
またこの装置を外せば、装甲工兵車として用いることも可能である。


●ファハド装甲指揮車

ファハド装甲指揮車は外見は原型のファハド240と変わらないが、後部兵員室内部のアレンジを変えたもので車内に各種無線機を備え、地図テーブルやボードなどが置かれている。
通常のファハド240と比べて、車体上部に立つアンテナの本数が多いのが特徴である。


<ファハド240装甲兵員輸送車 後期型>

全長:    6.40m
全幅:    2.54m
全高:    1.98m
全備重量: 10.9t
乗員:    2名
兵員:    10名
エンジン:  ダイムラー・ベンツOM366LA 4ストローク直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 275hp/2,600rpm
最大速度: 100km/h
航続距離: 700km
武装:    7.62mm機関銃×3
装甲厚:   最大10mm


<参考文献>

・「パンツァー2014年4月号 あまり知られていないドイツ製装輪装甲車」 柘植優介 著  アルゴノート社
・「パンツァー2013年3月号 エジプト機甲部隊の40年」 城島健二 著  アルゴノート社
・「世界のAFV 2021〜2022」  アルゴノート社
・「世界の軍用車輌(4) 装輪式装甲車輌:1904〜2000」  デルタ出版
・「世界の戦車パーフェクトBOOK」  コスミック出版
・「世界の最新装輪装甲車カタログ」  三修社
・「新・世界の装輪装甲車カタログ」  三修社
・「世界の装輪装甲車カタログ」  三修社
・「世界の軍用4WDカタログ」  三修社


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