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BTR-60装甲兵員輸送車





1956〜57年にかけてソ連陸軍の全狙撃師団および機械化師団が機械化狙撃師団(自動車化狙撃師団)に再編されることになり、APC(装甲兵員輸送車)に対する需要が一気に増加することとなった。
しかし、それまで使用されていた装輪式APC BTR-152シリーズは通常の貨物トラックのシャシーを用いていたことから不整地踏破能力が不充分で、戦車部隊への追随が困難な場合があった。

一方、ソ連軍にはPT-76水陸両用軽戦車の車体をベースに開発された装軌式APC BTR-50シリーズも存在したが、装軌式車両は装輪式車両に比べて生産・維持コストが非常に高いため、BTR-50シリーズを必要な数だけ揃えるのは財政的に困難であった。
そこで戦車部隊に追随できる不整地踏破能力を持ち、河川などのヨーロッパ特有の地形障害の克服が可能な新型装輪式APCの開発が求められることになった。

ソ連軍当局は1950年代半ばに「ザヴォーツカェ・イズジェリェ49」(工場製品49)の計画名称で新型装輪式APCの基本仕様をまとめ、モスクワ市のリハチョフ自動車工場(ZIL)とゴーリキー市(現ニジニ・ノヴゴロド市)のゴーリキー自動車工場(GAZ)の2社に対して新型装輪式APCの開発を要求した。


●ZIL-153装甲兵員輸送車

ソ連軍当局が提示した新型装輪式APC「ザヴォーツカェ・イズジェリェ49」の要求仕様は、完全に路外走行に適した装輪式走行装置を持つこと、並びに浮航性能を備えること等であった。
ZILではこれを受けて既存車両のシャシーを用いずに、全く新規の6輪式走行装置を持つ試作車を開発することとした。

1959年に完成した「ZIL-153」と呼ばれるこの試作車はカエルの顔のような前面形状を持つ船型の車体で構成され、車体後部には出力180hpの液冷ガソリン・エンジンを搭載する機関室が配置されていた。
操縦室および兵員室はいずれもオープントップ式で乗降用のドアは設けられておらず、兵員の乗降は上面の開口部から行うようになっており第1輪と第2輪の間に乗降用のステップが設けられていた。

操縦室内の固有の乗員2名(操縦手、車長)の他、兵員室内には完全武装歩兵16名(2個分隊)の搭乗が可能で、車体左右側面には各3個ずつの開閉式ガンポートが配置されていた。
水上での推進はウォータージェット方式で、最大速度は路上で90km/h、水上では10km/hを発揮できた。
固有の武装は車体前部中央のピントル・マウントに7.62mm機関銃SGMBを搭載するようになっており、全体の外観はGAZの試作車であるGAZ-49と良く似ていた。

ZIL-153は全般的な車体性能面では優秀なものを持っていたが、GAZ-49との比較試験において8輪であるGAZ-49の方が不整地での踏破能力に勝っていたため結局採用には至らなかった。
本車は、現在もクビンカの兵器試験所博物館に展示されている。


●GAZ-49装甲兵員輸送車

「ザヴォーツカェ・イズジェリェ49」の要求仕様書を軍当局から受け取った時、GAZ設計局の主任技師V.A.デドコフはすでに1956年より独自に開発を進めていた8輪駆動式不整地踏破用車両のシャシーをベースに、新型装輪式APCを開発することを決めた。
「GAZ-49」と名付けられた試作車の車体形状と車内配置はZILの試作車であるZIL-153とそっくりだったが、やや長い全長と8つの車輪を備えるフォルムはその競争相手より安定して見えた。

結局比較検討試験の結果、GAZ-49が1959年11月13日に「BTR-60P」の名称でソ連軍に制式採用された。
翌60年より本格的な量産が開始されたBTR-60装甲兵員輸送車シリーズは各種改良型を含め1976年までに約25,000両が生産され、ソ連陸軍自動車化狙撃師団の主力APCの座を得ると共にソ連の友好国家に多数が輸出された。
そして今日でも東ヨーロッパやアフリカ、中東諸国で使用が続けられている。


●BTR-60P装甲兵員輸送車

BTR-60P装甲兵員輸送車は、1960年から量産が開始されたBTR-60シリーズの最初の生産型である。
本型の最大の特徴は、後の生産型と異なり操縦室と兵員室がオープントップ式になっていた点である。
車体前部の操縦室内には右側に車長、左側に操縦手が位置し、装甲ハッチ付きの前面ウィンドウと、これらを閉じた時のための視察装置としてヴィジョン・ブロックが配置されていた。

そして、当時の主力戦車であるT-55中戦車に準じた赤外線暗視装置(車長用TKN-1、操縦手用TVN-2)も持っていた。
車体中間部分の兵員室内には完全武装の狙撃兵(歩兵)が14名搭乗でき、左右側面にはAK自動小銃やPK支援機関銃の発射が可能な開閉式ガンポートが設けられていた。

固有武装として通常は7.62mm機関銃SGMBを1挺前部のピントル・マウントに搭載したが、12.7mm重機関銃DShKも搭載できた。
また左右側面にもそれぞれピントル・マウントがあるので、任意にこれらの場所に機関銃を据え付けることもできた。
車体後部の機関室には、GAZ-49B 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(出力90hp)が2基搭載されていた。

これらは特殊ギアを介してそれぞれが第1、第3車軸と第2、第4車軸の駆動を分担しており、仮に1基のエンジンが破損または故障しても残る1基を使用して何とか走ることができるようになっていた。
GAZは大戦中のT-70軽戦車以来、2基のエンジンを組み合わせて駆動させる手法をよく採用してきており、これにより既存車両のエンジンの流用による開発コストの低減と生産数の急速な向上に対応してきたが、元々型式が同一であってもエンジンには製品毎のクセがあり、不調の原因になり易いという問題点もあった。

BTR-60P装甲兵員輸送車のサスペンションには装軌式車両と同じくトーションバーが使用されており、コイル・スプリングやリーフ・スプリングを用いたサスペンションに比べて浮航時に水草や泥が車軸周辺に絡み付き難くなっていた。
またBTR-152装甲兵員輸送車から採用された、接地圧調節のためのタイア空気圧調整装置も備えていた。

装甲厚は5〜9mmと薄めで、車体が大きい割に戦闘重量は10t未満に抑えられていた。
BTR-60P装甲兵員輸送車は1963年頃まで生産され、配備は自動車化狙撃師団が優先されたがやがて海軍歩兵にも引き渡され、1980年頃まで演習で使用している姿が見られた。


●BTR-60PA装甲兵員輸送車

BTR-60P装甲兵員輸送車がデビューしてすぐに、フルシチョフ首相治下のソ連では核戦争への対応が声高に唱えられるようになり、軍装備にも核戦争に対応する能力が求められるようになった。
そこでオープントップ式の兵員室を改め、密閉式兵員室を持つBTR-60PA装甲兵員輸送車が1963年より生産されるようになった。

本型は兵員室の密閉化に伴い、車内での居住性を確保するために搭乗兵員数を10名に減らし、兵員乗降用ハッチを3つ車体上面に設けた。
また固定武装として、上面前部ハッチを開放してピントル・マウントに取り付けて使用する7.62mm機関銃PKTか12.7mm重機関銃DShKを1挺搭載した。

またこのハッチ開口部には両サイドにもピントル・マウントが設けられており、これらへの機関銃の据え付けも可能であった。
しかし結局本型は密閉式の兵員輸送用装甲バスでしかなく、固定武装が貧弱なため搭乗兵員の下車戦闘時において有効な援護射撃を行うことができなかった。

このため、後により強力な固定武装を備えるBTR-60PB装甲兵員輸送車が開発されることになる。
アメリカ軍の主力装軌式APCであったM113装甲兵員輸送車も固定武装が貧弱だったため同様の問題点が指摘されており、後に強力な固定武装を備えるIFV(歩兵戦闘車)の開発に繋がることになった。
なお、BTR-60装甲兵員輸送車シリーズは本型から東ドイツ軍にも供与された。


●BTR-60PB装甲兵員輸送車

1966年から生産されたBTR-60PB装甲兵員輸送車はBTR-60シリーズの決定版ともいえるもので、BTR-60PA装甲兵員輸送車の密閉式装甲ボディに、1963年から量産されていたBRDM-2装甲偵察車に使用された14.5mm重機関銃KPVTと7.62mm機関銃PKTを同軸装備する円錐形の砲塔を搭載したものである。
これにより搭乗兵員の下車戦闘時において有効な援護射撃ができるようになり、自動車化狙撃師団の独自の戦闘火力を強化するところとなった。

当時の西側のAPCでこのような重武装の車両は存在せず、本車はIFVの先駆けともいえる車両であった。
搭載された14.5mm重機関銃KPVTは、従来はT-10M重戦車などに対空・地上掃射用として搭載されたり、単装または連装で対空機関銃として装備されたりしてきたものだが、大戦中の14.5mm対戦車銃の流れを汲むもので対装甲威力も高かった。

この重機関銃を搭載することで、BTR-60PB装甲兵員輸送車は当時の西側のAPCを撃破する戦闘力を得ることができた。
砲塔は360度旋回式で、重機関銃の俯仰角は−5〜+30度となっていた。
ただし砲塔を搭載したことで搭乗兵員数はBTR-60PA装甲兵員輸送車よりさらに減らされ、1個分隊に相当する8名の完全武装歩兵となった。

これは、その後戦力化が始まる本格的な歩兵戦闘車BMP-1の搭乗兵員数と同じである。
搭乗兵員は、兵員室の上面に2個設けられた横開き式のハッチおよび車体の左右側面上部に設けられた前開き式のハッチから出入りしたが、どれも大きさが充分でない上車体上部の銃火に晒され易い部分にあることが問題で、本車の運用上の最大の欠点となった。

BTR-60PB装甲兵員輸送車は1960年代後半より自動車化狙撃師団の主力装備となって、師団の3個機械化連隊の内2個連隊が本車で、残る1個連隊がBMP-1歩兵戦闘車で編制されるというハイ・ロー・ミックス型の編制が行われるようになった。
本車の生産は1976年まで継続されアフガニスタン進攻作戦に大量に投入された他、多くの東側諸国や中東諸国に供与され本国以外では現在も運用が続けられている。


●BTR-60PZ装甲兵員輸送車

BTR-60装甲兵員輸送車シリーズの最終型として1972年より、主武装の仰角を増大させた改良型砲塔を搭載したBTR-60PZ装甲兵員輸送車が生産された。
本車は14.5mm重機関銃KPVTと7.62mm機関銃PKTの仰角を+60度まで増大させることで、対空射撃能力や稜線からの伏撃への対処能力を向上させていた。

しかし同じ砲塔を搭載した後継のBTR-70装甲兵員輸送車の生産が1976年から開始されたため、BTR-60PZ装甲兵員輸送車の生産は短期間で終了し生産数もごく限られたものとなった。


●派生型

BTR-60装甲兵員輸送車シリーズをベースにした派生型として、各種指揮通信車両や観測車両が多数製造されている。
そしてこれらはAPC型がリタイアした後になっても、ロシア軍で使用が続けられてきた。
以下、その主なものを挙げていく。
まず指揮通信用としてはBTR-60PU、BTR-60PU-12、BTR-60R-145の3種類がある。

この内BTR-60PUは機械化歩兵大隊本部用に、BTR-60PU-12は地上部隊直援航空部隊の指揮管制や、地対空迎撃ミサイル部隊の本部用車両に用いられている。
これら3種類の車両は外観上の違いがほとんど無く、共通して車体周囲に大戦中のドイツ軍の指揮通信用装甲車のような折り畳み式のフレームアンテナを持ち、操縦手席後ろあたりの車体上面部に伸縮式アンテナと発電機を持っていることが特徴である。

通信送受信機としてはR-130(AM波)とR-107(FM波)、標準型R-123(FM波、BTR-60PB装甲兵員輸送車にも搭載)を搭載しており、それぞれ師団との通信、連隊との通信、大隊での指揮用に用いることができる。
BTR-60PU-12については一部フレーム・アンテナを装備していないものもあるが、航空機管制用にR-311(AM波)送受信機を搭載しており航空隊との交信ができるようになっている。

もう1つの系統は、砲兵指揮官・師団長用の「クリョン」(Klyon:かえで)シリーズである。
砲兵指揮官(中隊長)用のMKB-1B18「クリョン1」は砲塔部分に観測用機器(DB、VOP)を搭載し、無線機はR-123MとR-107Mを装備している。

師団長用のMKD-1B19「クリョン2」は外観等は「クリョン1」と同一だが、搭載無線機としてさらにもう1種類R-130Mを追加している。
これは軍レベルの交信用である。
これらの車両の記号MKBとMKDはそれぞれ「マシーナ・カマンジーラ・バタレイ」(砲兵中隊指揮官車)、「マシーナ・カマンジーラ・ディヴィジオーナ」(師団長車)の略である。


<ZIL-153装甲兵員輸送車>

全長:    6.97m
全幅:    2.82m
全高:    2.13m
全備重量: 10.0t
乗員:    2名
兵員:    16名
エンジン:  液冷ガソリン
最大出力: 180hp
最大速度: 90km/h(浮航 10km/h)
航続距離:
武装:    7.62mm機関銃SGMB×1
装甲厚:   5〜13mm


<BTR-60P(GAZ-49)装甲兵員輸送車>

全長:    7.22m
全幅:    2.906m
全高:    2.105m
全備重量: 9.9t
乗員:    2名
兵員:    14名
エンジン:  GAZ-49B 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン×2
最大出力: 180hp/3,400rpm
最大速度: 80km/h(浮航 10km/h)
航続距離: 500km
武装:    7.62mm機関銃SGMBまたは12.7mm重機関銃DShK×1
装甲厚:   5〜9mm


<BTR-60PA装甲兵員輸送車>

全長:    7.56m
全幅:    2.825m
全高:    2.055m
全備重量: 9.98t
乗員:    2名
兵員:    10名
エンジン:  GAZ-49B 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン×2
最大出力: 180hp/3,400rpm
最大速度: 80km/h(浮航 10km/h)
航続距離: 500km
武装:    7.62mm機関銃SGMBまたは12.7mm重機関銃DShK×1
装甲厚:   5〜9mm


<BTR-60PB装甲兵員輸送車>

全長:    7.56m
全幅:    2.825m
全高:    2.31m
全備重量: 10.3t
乗員:    3名
兵員:    8名
エンジン:  GAZ-49B 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン×2
最大出力: 180hp/3,400rpm
最大速度: 80km/h(浮航 10km/h)
航続距離: 500km
武装:    14.5mm重機関銃KPVT×1 (500発)
        7.62mm機関銃PKT×1 (2,000発)
装甲厚:   5〜9mm


<参考文献>

・「パンツァー2000年4月号 ソ連・ロシア装甲車史(9) BTR-60シリーズの開発」 古是三春 著  アルゴノート社
・「パンツァー2011年1月号 アフガニスタンで活動するブルガリア軍部隊」  アルゴノート社
・「パンツァー2014年2月号 フィンランド陸軍AFVの30年」  アルゴノート社
・「パンツァー2011年3月号 BTR-60/70/80装甲兵車」  アルゴノート社
・「ロシア軍車輌写真集」 古是三春/真出好一 共著  アルゴノート社
・「世界のAFV 2021〜2022」  アルゴノート社
・「グランドパワー2020年4月号 赤の広場のソ連戦闘車輌写真集(4)」 山本敬一 著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2020年12月号 フィンランド軍の戦闘車輌(3)」 齋木伸生 著  ガリレオ出版
・「世界の軍用車輌(4) 装輪式装甲車輌:1904〜2000」  デルタ出版
・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」  コーエー
・「世界の戦車・装甲車」 竹内昭 著  学研


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