HOME研究室(第2次世界大戦後〜現代編)装軌/半装軌式装甲車装軌/半装軌式装甲車(イスラエル)>アフザリート装甲兵員輸送車


アフザリート装甲兵員輸送車





●開発

イスラエルは1967年の第3次中東戦争(6日戦争)以来、アラブ諸国との戦闘において数百両ものソ連製T-54/T-55中戦車シリーズ(イスラエル名:チラン)を鹵獲していたが、これらはAFVが不足しがちであったイスラエル陸軍によって再整備されて自軍の装備として組み込まれた(T-54中戦車は「チラン1」、T-55中戦車は「チラン2」と名付けられた)。

なお、「チラン」(Tiran)という名称はアカバ湾と紅海を結ぶチラン海峡に因んでおり、エジプトがこの海峡の封鎖を宣言したことが6日戦争の発端となったことを記念して名付けられたものである。
イスラエル陸軍は当初、チラン戦車シリーズを無線機の交換を行った程度でほとんど鹵獲した状態のまま運用していたが、一部のチラン戦車シリーズについて、イスラエル陸軍の兵器体系に合わせるために各種装備を西側規格に改修することにした。

具体的には、主砲の同軸機関銃をソ連製の7.62mm機関銃SGMTからアメリカ製の7.62mm機関銃M1919A4に換装し、車長用キューポラに設置されていたソ連製の12.7mm重機関銃DShKもアメリカ製の12.7mm重機関銃M2に取り換え、さらに装填手用ハッチ付近に7.62mm機関銃M1919A4を追加搭載した他、装填手や操縦手のハッチを新型に交換した。

これらの改修を施した車両にはチラン1戦車ベースのものが「チラン4」、チラン2戦車ベースのものが「チラン5」と名付けられた。
さらに、チラン戦車シリーズが装備するソ連製の100mm戦車砲はイスラエル陸軍の兵器体系と異なることから、次第に主砲弾薬の不足が問題となったため一部のチラン4/5戦車について、主砲の換装(イギリスの王立造兵廠製の51口径105mm戦車砲L7A1)やFCS(射撃統制システム)の更新などを行った。

この改修を施した車両にはチラン4戦車ベースのものが「チラン4Sh」、チラン5戦車ベースのものが「チラン5Sh」と名付けられた。
チラン4Sh/5Sh戦車は原型に比べて大幅に戦闘力が向上し、アメリカ製のM48戦車シリーズの改修型であるマガフ戦車シリーズや、イギリス製のセンチュリオン戦車シリーズの改修型であるショット戦車と共に、イスラエル陸軍の主力MBTとして1973年の第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)でも活躍した。

しかしその後アメリカからM60戦車シリーズが大量に供与され、さらに国産のメルカヴァ戦車が配備されるようになると、チラン戦車シリーズは二線級兵器として予備保管に回されるようになった。
当時イスラエル陸軍は、アメリカから導入したM113装甲兵員輸送車を歩兵部隊の主力APCとして運用していたが、運用を続ける上で次第にM113APCの防御力不足が露呈するようになった。

そこでイスラエル陸軍はMBTに匹敵する防御力を備える重装軌式APCを国産開発することを決定し、アメリカ製のM2ブラッドリー歩兵戦闘車やメルカヴァ戦車をベースにした重APCの開発を試みたが、コストなど諸般の事情によりこれらは開発中止となった。
そしてイスラエル陸軍はチラン戦車シリーズと同じく予備保管に回されていたショット戦車に目を付け、廃物利用の形でこれをベースとする重APCの開発に着手した。

こうして誕生したショット戦車ベースの重APCは「ナグマショット」と名付けられ、主に工兵部隊で最前線まで工兵を輸送する任務に用いられた。
分厚い装甲を持つMBTをベースに開発されたナグマショットAPCは、敵MBTの戦車砲や対戦車ロケット/ミサイルに対して高い防御力を発揮し、M113APCに比べて搭乗歩兵の生存率が大きく向上した。

ナグマショットAPCの運用によってMBTベースの重APCの有用性を確認したイスラエル陸軍は、引き続いて予備保管に回されていたチラン戦車シリーズを重APCのベース車台として用いることを決定し、ニムダ社がその改修作業を請け負うことになった。
チラン戦車ベースの重APCの開発は1980年代初頭に開始され、試作車は1988年に完成している。

この試作車にはヘブライ語で「冷酷な淑女」を意味する「アフザリート」(Achzarit)の名称が与えられ、1989年からイスラエル陸軍による運用試験が開始された。
そして1990年には早くも実地試験を兼ねて実戦に投入され、その結果が良好であったことから正式にイスラエル陸軍への導入が開始された。

2000年以降のパレスチナやレバノンでの戦闘においては、M113APCなどが地雷やIED、そして市街地における近距離からのロケット弾攻撃で様々な被害を被ったのに対して、アフザリートAPCは乗員の安全を確保したまま各種作戦を遂行することができたということで、その防御力の高さを完璧に実証している。
このことが改めてメルカヴァ戦車ベースの重APCの開発を促すことにも繋がり、ナメルAPCの誕生のきっかけとなった。

アフザリートAPCは最盛期には後述のMk.IとMk.II合わせて約300両が運用されていたが、現在ではナメルAPCの導入が進んだことにより200両程度まで減少しているようである。
なおアフザリートAPCの数少ない派生型として、装甲指揮車ヴァージョンが存在する。
アフザリート装甲指揮車の特徴は車体中央部の兵員室を移動司令部に改装している点で、外観上の違いとしてはOWSを搭載しておらず、代わりにアンテナが多数取り付けられている。


●構造

アフザリートAPCは元々全高の低いT-54/T-55中戦車シリーズをベースとしているため、そこから砲塔を取り払うことで全高わずか2.0mという低姿勢のAPCに仕上がっている(ちなみにM113APCの全高は2.5m)。
車体は圧延防弾鋼板の全溶接構造で、車体前面と側面にはモジュール化された空間装甲が増設され、機関室後部は「トーガ」と呼ばれるメッシュ装甲で覆われている。

武装は、車体上面右側に設置されたラファエル社製のOWS(オーバーヘッド式武装ステイション)に7.62mm機関銃FN-MAGを1挺装備している。
固有の乗員は車長、操縦手、OWSを操作する銃手の3名で、車体中央部の兵員室内に7名の完全武装歩兵を収容することが可能である。

車体上面には乗員3名のもの以外に兵員用のハッチが3個用意されている他、ハッチを閉めていても周辺状況を確認できるようペリスコープが前後左右全ての方向に向けて設けられている。
アフザリートAPCのパワーパックはT-54/T-55中戦車シリーズに元々搭載されていたソ連製のものを流用せず、よりコンパクトで高出力な西側製のパワーパックに換装されている。

これはアメリカのデトロイト・ディーゼル社製の8V-71T V型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力650hp)と、アリソン社製のXTG-411-4クロスドライブ式自動変速機(前進4段/後進2段)を組み合わせたもので、イスラエル陸軍が運用しているアメリカ製のM109 155mm自走榴弾砲シリーズや、M992弾薬運搬車のパワーパックと共通のものである。

この新しい西側製パワーパックの採用により、アフザリートAPCはT-54/T-55中戦車シリーズの2本の操向レバーを前後に動かして行う操縦方式から、西側MBTと同様の三角形のハンドルを操向させる方式に改められ、操縦が格段にし易くなった。
またナグマショットAPCの運用経験から、アフザリートAPCは兵員を安全に乗降させるために車体後部にランプドアを設けることになった。

コンパクトな西側製パワーパックを採用したことで、アフザリートAPCは機関室右側に細長い乗降用の通路を設けることができ、この通路の上面と後面を油圧で開閉するクラムシェル(貝殻)型ランプとすることで、兵員を安全に車体後部から乗降させることができるようになった。
このランプドアの右側には、イスラエルのAFVでは必須の装備である車外通話機が設置されており、下車した将兵が車内の乗員と直接連絡を取り合うことが可能となっている。

アフザリートAPCはMBTをベース車台として用いているため、元々通常の装軌式APCに比べて防御力は非常に高いが、さらに防御力を向上させるために14tもの増加装甲を装着している。
これにより車体前面は、ソ連製のT-72/T-80戦車シリーズが装備する125mm滑腔砲から発射されるAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)に対する抗堪性を持っており、車体側面も40mmクラスの大口径機関砲弾はもちろん、第2世代型の対戦車ミサイル程度であれば耐えられる防御力を持っている。

ただし、アフザリートAPCは装甲の強化に伴って戦闘重量44tとAPCとしては異例の大重量の車両になってしまったため、機動性能は原型のT-54/T-55中戦車シリーズより低下している。
この重量の増加に対処するため、アフザリートAPCのサスペンションはキネティック社が開発した国産の強化型トーションバー(捩り棒)に交換されており、さらに第1および第5転輪には新型の油圧式バンプ・ストッパーを装着することで、転輪のトラベル長を原型の80mmから200mmに増大させている。

1990年代に入るとアフザリートAPCの機動性能を改善するためにパワーパックの再換装が計画され、その結果ニムダ社はより強力なデトロイト・ディーゼル社製の8V-92TA/DDCIII V型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力850hp)と、アリソン社製のXTG-411-5Aクロスドライブ式自動変速機(前進4段/後進2段)を組み合わせたパワーパックを搭載するアップグレード化を図っている。

この新型パワーパックによりアフザリートAPCの路上最大速度は65km/hにまで向上し、一線級の装軌式APCとして通用するまでの機動性能を獲得している。
なお、ニムダ社によればアフザリートAPCは当初からこのパワーパックの搭載が可能だったらしいが、イスラエル政府から予算的に難しいとされ、当時すでに運用されて部品供給や整備体制が充分に構築されていたM109自走榴弾砲と同一のパワーパックを搭載したという経緯があった。

この新型パワーパックを搭載したアップグレード型は「アフザリートMk.II」と呼ばれ1998年に登場したが、これにより従来のタイプは「アフザリートMk.I」とされた。
ちなみに、最近のアフザリートAPCには実戦での運用経験から機関銃の増設が見られ、OWSの左側にある車長用ハッチに7.62mm機関銃FN-MAG用のピントルマウントが設けられている他、車両によってはさらに車体上面中央部の左右に1基ずつマウントが設けられて、最大3基(+OWS)もの機関銃が装備されているものもある。

また、車体後部の乗降用ランプドアに防弾窓が設置された車両も見受けられるようになったが、これは下車時に後方の状況を把握できない不便さから設けられるようになったものと推測される。
そして、車体前部中央の車長用ハッチの上にタワー式の展望塔(キューポラ)が増設された車両も見受けられる。
これは当初、指揮官車に優先して取り付けられ、次第に他車にも広がっていった装備だが、そのため車両ごとに増設時期が違うため、窓の大きさや形状などに様々なヴァリエーションが見受けられる。


<アフザリートMk.II装甲兵員輸送車>

全長:    6.20m
全幅:    3.60m
全高:    2.00m
全備重量: 44.0t
乗員:    3名
兵員:    7名
エンジン:  デトロイト・ディーゼル8V-92TA/DDCIII 2ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 850hp/2,100rpm
最大速度: 65km/h
航続距離: 600km
武装:    7.62mm機関銃FN-MAG×4
装甲厚:  


<参考文献>

・「世界の戦車イラストレイテッド33 イスラエル軍現用戦車と兵員輸送車 1985〜2004」 マーシュ・ゲルバート 著
 大日本絵画
・「パンツァー2008年11月号 ユニークなイスラエルの戦車改造重装甲車輌」 荒木雅也 著  アルゴノート社
・「パンツァー2011年5月号 チラン戦車に見るイスラエル流戦車リサイクル術」 竹内修 著  アルゴノート社
・「パンツァー2002年10月号 イスラエル軍の市街戦用装甲車輌」 古是三春 著  アルゴノート社
・「パンツァー2003年7月号 現用のT-54/55戦車近代化型」 鈴木浩志 著  アルゴノート社
・「パンツァー2014年6月号 イスラエルの戦車改造重APC」 柘植優介 著  アルゴノート社
・「パンツァー2013年10月号 イスラエル国防軍の現状」 永井忠弘 著  アルゴノート社
・「パンツァー2007年1月号 レバノンにおけるイスラエル機甲部隊(2)」  アルゴノート社
・「ウォーマシン・レポート18 メルカバとイスラエルMBT」  アルゴノート社
・「ウォーマシン・レポート35 イスラエル軍のAFV 1948〜2014」  アルゴノート社
・「世界のAFV 2021〜2022」  アルゴノート社
・「10式戦車と次世代大型戦闘車」  ジャパン・ミリタリー・レビュー
・「世界の戦車パーフェクトBOOK」  コスミック出版
・「世界の装軌装甲車カタログ」  三修社


HOME研究室(第2次世界大戦後〜現代編)装軌/半装軌式装甲車装軌/半装軌式装甲車(イスラエル)>アフザリート装甲兵員輸送車