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60式自走106mm無反動砲





●開発

60式自走106mm無反動砲は、第2次世界大戦後日本で初めて開発されたAFVである。
1952年8月に発足した保安庁技術研究所(1954年7月に防衛庁技術研究所、1958年5月に防衛庁技術研究本部に改組)において、1954年春に偵察や輸送に用いる小型装軌式車両の開発が計画され、さらにこの小型装軌式車両をベースに、当時アメリカ陸軍が実用化したばかりの105mm無反動砲を連装で装備する自走無反動砲を開発する計画に発展した。

防衛庁は1954年11月に複数の国内メーカーに自走無反動砲の開発を打診し、これに対して三菱日本重工業(1964年に三菱重工業に改組)、小松製作所、日野ヂーゼル工業(1959年に日野自動車工業に改組)の3社が応じた。
しかし日野は開発の初期段階で撤退し、モックアップ審査以降は三菱とコマツの2社による競争試作となった。
防衛庁が最初に提示した自走無反動砲の要求仕様は、以下のようなものであった。

・105mm無反動砲を連装で装備し、油圧または手動により砲架を上下できるようにする
・乗員3名とし、目標全備重量5tとする
・路上最大速度はM24特車(アメリカから供与されたM24チャフィー軽戦車)と同等(55km/h)以上
・エンジンは空冷ディーゼルとする
・雪上履帯を装着できるようにする

この自走無反動砲には「SS」の略記号が与えられ、1955年から第1次試作車の競争試作が開始された。
ちなみに略記号の「SS」は「装軌装甲車」(Soki-Sokosha)の頭文字を採ったものだといわれているが、「装甲戦闘車」あるいは「装甲装軌車」の頭文字を採ったという説もある。
コマツが設計した第1次試作車SS-1は自社製の空冷ディーゼル・エンジン(出力105hp)を車体前部に配置し、変速・操向機を車体後部に分離したフロントエンジン/リアドライブ方式であった。

一方、三菱側の第1次試作車SS-2は自社製の空冷ディーゼル・エンジン(出力110hp)を搭載していた点はSS-1と同様であったが、リアエンジン/フロントドライブ方式のレイアウトを採用していた点が大きく異なっていた。
またSS-1とSS-2はサスペンション方式も異なっておりSS-1はナイトハルトゴム方式、SS-2はトーションバー方式を採用していた。

三菱のSS-2が採用したトーションバー(捩り棒)方式は金属棒の捩りに対する反発力を利用したサスペンションで、従来のコイル・スプリングやリーフ・スプリングに比べて緩衝性能が優れているため戦後に開発された各国の戦車に広く採用された。
三菱は大戦中に九四式軽装甲車にトーションバー式サスペンションを装着する試験を行っており、この経験を基にSS-2用のトーションバー式サスペンションを設計したのである。

一方コマツのSS-1が採用したナイトハルトゴム式サスペンションは、金属製の内殻と外殻の間に円柱形のゴムを複数圧入してゴムの弾力を利用するもので、トーションバー方式に比べると緩衝性能は劣っていたがトーションバーのように車内スペースを占有せず、構造もシンプルであるというメリットがあった。
それ以外の部分は外観も構造もSS-1とSS-2は良く似ており、いずれも車体中央部右寄りに国産の105mm無反動砲を水平に連装で搭載し、片側4個の転輪と3個の上部支持輪を組み合わせた足周りを備えていた。

アメリカから供与されたM24軽戦車は、ハイドラマティック式自動変速機とクレトラック式操向機を組み合わせた進歩した操縦装置を持っており初心者でも容易に操縦できたが、戦後長らく兵器の開発を禁止されてきた当時の日本は技術的に大きく遅れていたため、SSの操縦装置は旧日本陸軍の戦車と同様に機械式の手動変速機とクラッチ・ブレーキ式操向機を組み合わせたものが用いられた。

ただしエンジンについては旧軍時代から他国に先駆けて空冷ディーゼル・エンジンを国産開発しており、戦後も長らくAFVにガソリン・エンジンを採用し続けたアメリカやイギリスよりこの点では先進的であった。
SS-1およびSS-2に搭載された国産105mm無反動砲は、アメリカ陸軍から入手した105mm無反動砲M27の砲弾を唯一の手掛かりとして日本製鋼所が1954年から開発に着手した独自のもので、M27と同様に砲弾に回転を与えることで弾道を安定させるライフル砲であった。

弾頭重量13.3kgのHEAT(対戦車榴弾)を使用した場合砲口初速379m/秒、最大射程8,500mで、装甲穿孔力は90mm戦車砲の徹甲弾と同程度であったという(RHA(均質圧延装甲板)換算で180mm前後と思われる)。
この装甲穿孔力はHEATとしては明らかに低過ぎる値であったが、これは砲弾が回転することでHEATのジェット噴流が拡散してしまうことが原因であった。
しかし当時の日本の技術では、早急に改善を図ることは不可能であった。

なお装甲穿孔力の不足はアメリカ陸軍のM27でも問題となったため、後に改良型の106mm無反動砲M40が開発されている。
国産105mm無反動砲を搭載する砲架については、三菱のSS-2が日本製鋼所で設計されたものを採用したのに対し、コマツのSS-1は砲架も自社で設計したものを用いていた。
SS-1とSS-2は1955年12月に相次いで完成し、早速富士学校を中心とする比較評価試験に供された。

この試験における評価は三菱のSS-2の方が高かったが、当時三菱は初の国産MBTである「中特車」(略記号:ST、後の61式戦車)の開発の主契約企業となることが決まっていたため、SSの開発はコマツが引き継ぐことになり第2次試作車SS-3を単独試作することになった。
その際SS-2に関する三菱の経験の一部が防衛庁の仲介でコマツに引き渡され、SS-3のレイアウトはSS-2のようなリアエンジン/フロントドライブ方式に改められた。

SS-1の走行試験においてナイトハルトゴム式サスペンションは復元性に欠け強度が不充分であることが明らかになったため、SS-3ではSS-2と同様のトーションバー式サスペンションが採用された。
また、SS-3は転輪数が1個増やされて片側5個となった。
105mm無反動砲の砲架についてはSS-1のコマツ製のものに代えて、日本製鋼所が設計した新しい砲架が採用された。

SS-3は1957年2月までに2両が完成し、富士学校の装備開発実験隊の手で1年間に渡って各種試験が実施された。
この試験中に富士学校側から、無反動砲の命中率を向上させるためアメリカ陸軍のM50オントス自走無反動砲のように多連装化してはどうかという意見が出されたため、技術研究所はコマツの第1次試作車SS-1を改造して105mm無反動砲を4連装化し、さらに広角旋回を可能にした試作車SS-1(改)を日本製鋼所に製作させた。

SS-1(改)は1957年3月に完成し同月24〜25日にかけてSS-3との比較射撃試験が実施されたが、試験の結果4連装化によって火力は大きく向上するものの命中率の改善には繋がらず、重量の増加に伴って機動性が低下するデメリットも大きいという評価が下された。
一方アメリカ陸軍では105mm無反動砲M27が性能的に不満足だったため、改良型として106mm無反動砲M40を1953年末に開発していた。

M27が砲腔内に施されたライフリングによって砲弾に回転を与えて弾道を安定させるライフル砲だったのに対し、M40は砲弾に装着した安定翼によって弾道の安定を図るようになっており、砲腔内にライフリングを持たない滑腔砲になっていた。
滑腔砲になったことでM40は砲口初速が大幅に向上し、弾道も低伸性が良くなったため移動目標に対する命中率が大きく向上した。

また砲弾が回転しなくなったことでHEATのジェット噴流が拡散しなくなったため、装甲穿孔力も大幅に向上した。
なおM40の実際の口径はM27と同じ105mmだったが、両者の砲弾を混同しないよう便宜的に106mmと呼称されたのである。
106mm無反動砲M40の情報は陸上自衛隊にも伝えられていたため、1957年11月にアメリカ陸軍より参考品として実物の供与を受け、図面も入手できたためM40を早急に国産化することが決定された。

M40の国産化は日本製鋼所の手で行われ、これは1960年9月に「60式車載106mm無反動砲」として仮制式化されることになった。
国産106mm無反動砲の性能は弾頭重量7.9kgのHEATを使用した場合砲口初速495m/秒、最大射程7,670mで、装甲穿孔力はRHA換算で400mm以上と従来の105mm無反動砲の2倍以上に向上した。

命中率と威力が大幅に向上した106mm無反動砲の実用化によりむやみに門数を増やす必要は無いと判断されたため、SS-1(改)は結局試作のみに終わった。
そして武装を新型の106mm無反動砲2門に変更した増加試作車SS-4を3両(指揮型1両、通常型2両)製作することが決定し、1959年5月、7月、9月にそれぞれ完成した。

SS-4は居住性を改善するためにSS-3よりも車体サイズが拡大され、サスペンションの強化や履帯幅の拡張など走行装置にも改良が施された。
またエンジンも、排気量を増やして熱負荷を低減した改良型の6T120 水平対向6気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力120hp)に換装された。

SS-3までは旧日本軍戦車と同様に旧式なクラッチ・ブレーキ式操向機が用いられていたが、SS-4ではSU(後の60式装甲車)やST(後の61式戦車)と同じく新しいクレトラック式操向機が採用された。
このクレトラック式操向機の採用により、SS-4は従来の試作車に比べて高速走行時の操向が非常にスムーズに行えるようになった。

SS-3では無反動砲の標定と副武装を兼ねて、アメリカのブラウニング社製の12.7mm重機関銃M2が105mm無反動砲と同軸に装備されたが、試験の結果105mm無反動砲と12.7mm重機関銃では弾道特性が大きく異なるため標定には使用できないと評価されていた。
このためSS-4では、M50オントス自走無反動砲と同様にアメリカのレミントン社製の12.7mm標定銃M8Cが106mm無反動砲と同軸に装備され、これを用いて無反動砲の標定を行うよう改められた。

SS-4は1960年3月まで各種試験が続けられ、満足すべき性能を示したため同年9月に「60式自走106mm無反動砲」として仮制式化された。
1960年11月に最初の生産型11両が発注され、翌61年1月に千歳第7混成団に配属された。
60式自走無反動砲は4種類の型式が存在しており最初の生産型をA型、1967年度から生産に入り各部が補強されたいわゆる三次防型をB型、1975年度以降の液冷エンジン搭載型をC型と呼ぶ。

60式自走無反動砲の生産は1979年度まで続けられ、A型42両、B型143両、C型82両の合計267両が完成している。
また生産終了後の1987年1月にD型が制式化されているが、この車両の詳細については不明である。
冷戦の終結によって旧ソ連軍の大規模な機甲部隊の脅威が無くなったことや、携帯式対戦車兵器が発達したことにより60式自走無反動砲の後継車両は開発されず、2007年度までに全車が陸上自衛隊から退役した。


●構造

60式自走無反動砲の主武装である60式車載106mm無反動砲は、アメリカのウォーターヴリート工廠が開発した106mm無反動砲M40を日本製鋼所でライセンス生産したものであり、主として近距離対戦車火器として使用されるもので口径105mm、砲身長3,333mm、総重量215kg、有効射程1,100mである。
ちなみに「無反動砲」とは弾頭を発射するのと等しい火薬ガスの運動エネルギーを後方に放出することにより、射撃時に砲架に掛かる反動を大幅に低減させる火砲である。

無反動砲は射撃時の反動が非常に小さいためジープのような軽車両にも搭載可能であるが、射撃音が非常に大きいため射撃時にこちらの位置を容易に暴露してしまうという大きな欠点がある。
無反動砲は砲弾の再装填に時間が掛かるため、初弾で敵戦車を撃破できなかった場合は戦車砲で返り討ちに遭う危険性が高くなってしまう。

従って無反動砲搭載車両は初弾で確実に敵戦車を撃破することが要求され、このために60式自走無反動砲は106mm無反動砲を車体中央部右寄りに設けられた砲架に水平に連装で装備している。
弾薬は装甲目標用の64式対戦車榴弾、装甲/非装甲目標用の68式粘着榴弾、訓練用の74式空包が使用され、携行弾数は10発となっている。

106mm無反動砲の標定は、右砲の軸線に合わせられた12.7mm標定銃(レミントン社製のM8Cを豊和工業でライセンス生産したもの、制式名称:60式12.7mmスポットライフル)から発射されるM48標定弾によって行われる。
60式12.7mmスポットライフルは半自動機構を備えた単発式自動銃で全長1,140mm、総重量11.6kg、有効射程1,500mである。

1960年10月の仮制式化時には「60式口径50スポットライフル」という名称であったが、後に自衛隊装備の名称をメートル法表記に統一することが決定されたため「口径50」(0.50インチ)から「12.7mm」に名称が変更された。
106mm無反動砲の砲架は油圧により車長席ごと43cm上下させることができるようになっており、稜線下に隠蔽された状態から砲架だけを稜線上に上げ、被弾面積を極小にした状態での射撃が可能となっている。

106mm無反動砲の射界は砲架を下げた状態では旋回角が左右各5度ずつ、俯仰角が−5〜+5度、砲架を上げた状態では旋回角が左右各30度ずつ、俯仰角が−20〜+15度となっている。
また本車は副武装として、アメリカのジェネラル・モータース社製の11.4mm短機関銃M3A1を2挺車内に搭載している。

弾薬の搭載場所は106mm無反動砲が車体左右袖部の弾薬庫に各4発ずつ、右後部フェンダー上面の弾薬ラックに2発、12.7mm標定銃は砲手席右側の弾薬ラックに10発入り弾倉を4個、11.4mm短機関銃は装填手席の後方に30発入り弾倉を24個搭載している。
60式自走無反動砲の車体は圧延防弾鋼板および防弾鋳鋼の溶接構造で、変速・操向機やエンジンのメインテナンスのため一部の装甲板はボルト止めとなっている。

車体の装甲厚は前面上部14mm、前面下部16mm、側/後面9mm、上面6mm、下面6〜9mm、防弾鋳鋼製の操縦手席部分は20mmとなっている。
車体最前部には変速・操向機が収められており、最終減速機を介して起動輪を駆動する。
その後方左側は操縦手席で、その後ろは装填手席となっている。
車体中央部には車長席があり、4基のヴィジョン・ブロックを備えたドーム型のハッチが設けられている。

車体後部はエンジンや冷却装置を収容した機関室となっており、前方に推進軸を伸ばして変速・操向機に動力を伝達する。
60式自走無反動砲の変速機はシンクロメッシュ式の手動変速機で、前進4段/後進1段の主変速機と高速/低速を切り替える副変速機を組み合わせている。
操向機は第2次試作車まではクラッチ・ブレーキ方式だったが、生産型ではクレトラック方式に変更されている。

60式自走無反動砲に搭載されたエンジンはA、B型がコマツ製の6T120-2 4ストローク水平対向6気筒予燃焼室式空冷ディーゼル・エンジン(出力120hp)、C型が同社製のSA4D105-1 4ストローク直列4気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力150hp)である。
C型はエンジン出力が強化されたことに伴い、路上最大速度がA、B型の45km/hから55km/hへと大幅に向上している。

またC型はエンジンの換装に伴って機関室周辺のレイアウトが大きく変更されており、A、B型では機関室後面上部装甲板の中央と左右の3カ所にグリルが設けられていたのが、C型では装甲板の幅いっぱいにラジエイターが設けられ、機関室上面も嵩上げされてA、B型では機関室後部にあった排気管は車体左側弾薬庫の上部に移動している。
後にB型の多くもメインテナンスの際に、C型と同じSA4D105エンジンへの換装が実施されている。

60式自走無反動砲の足周りは片側5個の中直径転輪と片側3個の上部支持輪の組み合わせとなっており、前方に起動輪、後方に誘導輪を配している。
サスペンションはトーションバー方式で、A型では鋳造製のスウィングアームが使用されていたがB型以降では鍛造製のものに変更されている。


<SS-1>

全長:    4.11m
全幅:    2.20m
全高:    1.25m
全備重量: 5.9t
乗員:    3名
エンジン:  コマツ6T110-1 4ストローク水平対向6気筒空冷ディーゼル
最大出力: 105hp/2,300rpm
最大速度: 50km/h
航続距離: 100km
武装:    105mm無反動砲×2 (8発)
装甲厚:


<SS-2>

全長:    4.014m
全幅:    2.20m
全高:    1.30m
全備重量: 6.4t
乗員:    3名
エンジン:  三菱 4ストローク直列4気筒空冷ディーゼル
最大出力: 110hp/2,300rpm
最大速度: 50km/h
航続距離: 100km
武装:    105mm無反動砲×2 (8発)
装甲厚:


<SS-3>

全長:    4.06m
全幅:    2.20m
全高:    1.30m
全備重量: 7.0t
乗員:    3名
エンジン:  コマツ6T115-1 4ストローク水平対向6気筒空冷ディーゼル
最大出力: 130hp/2,300rpm
最大速度: 45km/h
航続距離: 160km
武装:    105mm無反動砲×2 (10発)
        12.7mm重機関銃M2×1 (420発)
装甲厚:


<SS-4>

全長:    4.30m
全幅:    2.23m
全高:    1.38m
全備重量: 7.8t
乗員:    3名
エンジン:  コマツ6T120-1 4ストローク水平対向6気筒空冷ディーゼル
最大出力: 120hp/2,400rpm
最大速度: 45km/h
航続距離: 140km
武装:    106mm無反動砲×2 (10発)
        12.7mm標定銃×1 (60発)
装甲厚:


<60式自走106mm無反動砲A/B型>

全長:    4.30m
全幅:    2.23m
全高:    1.38m
全備重量: 8.0t
乗員:    3名
エンジン:  コマツ6T120-2 4ストローク水平対向6気筒空冷ディーゼル
最大出力: 120hp/2,400rpm
最大速度: 45km/h
航続距離: 140km
武装:    60式車載106mm無反動砲×2 (10発)
        60式12.7mm標定銃×1 (40発)
装甲厚:   6〜20mm


<60式自走106mm無反動砲C型>

全長:    4.30m
全幅:    2.23m
全高:    1.38m
全備重量: 8.0t
乗員:    3名
エンジン:  コマツSA4D105-1 4ストローク直列4気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 150hp/2,800rpm
最大速度: 55km/h
航続距離: 140km
武装:    60式車載106mm無反動砲×2 (10発)
        60式12.7mm標定銃×1 (40発)
装甲厚:   6〜20mm


<参考文献>

・「パンツァー2003年11月号 昭和30年代初期に陸自が独自に開発した105mm自走無反動砲」 高橋昇 著
 アルゴノート社
・「パンツァー2016年9月号 陸自の豆タンク 60式自走106mm無反動砲B型」 前河原雄太 著  アルゴノート社
・「パンツァー2002年12月号 60式自走106mm無反動砲」 高松武彦 著  アルゴノート社
・「陸自車輌50年史」  アルゴノート社
・「グランドパワー2011年9月号 陸上自衛隊 60式自走無反動砲」 島内慶太/高松武彦 共著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2016年5月号 60式自走106mm無反動砲B型」  ガリレオ出版
・「陸上自衛隊の装備車輌 Vol.1 ’60年代編」  ガリレオ出版
・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」  デルタ出版
・「陸上自衛隊 車輌・装備ファイル」  デルタ出版
・「戦後日本の戦車開発史 特車から90式戦車へ」 林磐男 著  かや書房/光人社
・「自衛隊歴代最強兵器 BEST200」  成美堂出版
・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」  コーエー
・「自衛隊装備名鑑 1954〜2006」  コーエー
・「世界の装軌装甲車カタログ」  三修社
・「自衛隊装備年鑑」  朝雲新聞社


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