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V号対空戦車ケーリアン





第2次世界大戦の後半からドイツ軍機甲部隊の主力戦車となったパンター戦車は様々な派生型が検討され、対空戦車も3種類が考えられたがその中でも一番可能性が高く、モックアップの完成まで至ったのがこのV号対空戦車「ケーリアン」(Coelian:ラテン語で「天上人」を意味する)である。
ケーリアン対空戦車は、パンター戦車の車体に3.7cm連装対空機関砲を装備する全周旋回式砲塔を搭載する車両として計画されたもので、クーゲルブリッツ対空戦車と共に次期対空戦車の本命と期待されていた。

ケーリアン対空戦車のベースとなったパンター戦車は、戦闘重量45tという諸外国の重戦車クラスの戦車であり、それを対空戦車のベース車体に使用するのはちょっと贅沢なようにも思えるが、当時パンター戦車はIV号戦車に代わって機甲部隊の主力戦車となりつつあり、機甲部隊に随伴する対空戦車にとっては整備や修理の際に部品の共通化が図れるという利点があったので、極めて常識的な判断であったといえよう。

ケーリアン対空戦車用の砲塔は、「ゲレート554」(554兵器機材)の名称でデュッセルドルフのラインメタル・ボルジヒ社が1943年12月から開発に着手した。
この砲塔は、従来のヴィルベルヴィント/オストヴィント対空戦車のものと違って完全密閉式となっており、武装として、オストヴィント対空戦車に搭載された57口径3.7cm対空機関砲FlaK43を並列2連装にしたFlakzwilling341を搭載していた。

後に「Flakzwilling44」として制式化されたこの3.7cm連装対空機関砲は、Pz.Gr.40徹甲弾を使用した場合砲口初速1,150m/秒、有効射程4,200m、発射速度360発/分で1発の破壊力も大きかった。
後にこのFlakzwilling44をオストヴィント対空戦車の砲塔に搭載したオストヴィントII対空戦車も開発されたが、結局試作のみに終わっている。

当初の予定ではケーリアン対空戦車は1944年半ばには試作車が完成し、同年末あたりから生産型の部隊配備が開始されるはずであった。
しかし実際は、パンター戦車D型の車体に砲塔の木製モックアップを搭載した検討用車両が1944年1月に作られただけで、実物の砲塔を搭載した試作車すら製作されなかった。

これは、パンター戦車の車体に搭載するには3.7cm連装対空機関砲では非力過ぎると判断されたため、ラインメタル社が「ゲレート58」(58兵器機材)の名称で開発を行っていた77口径5.5cm対空機関砲を連装で搭載するように計画が変更されたためである。
しかしこのことが結果的にケーリアン対空戦車の開発を遅らせることになり、また連合軍の爆撃が激しくなるにつれてベースとなるパンター戦車の生産もままならない状況になったため、結局夢物語に終わってしまった。

ケーリアン対空戦車の砲塔は、1944年1月に製作されたモックアップでは幅の広い箱型をしており、横幅は車体上部の幅と同じになっていた。
3.7cm連装対空機関砲の防盾部は前に長く突き出しており、ほぼ90度までの大仰角を取ることが可能であった。
砲塔上面の前半は傾斜が付けられており、2名の砲手用にそれぞれ円形のハッチが設けられていた。

砲塔上面の後部左側には車長用ハッチ、後部右側にはステレオ式の照準機が備えられており、このステレオ式照準機は砲の俯仰と連動するようになっていた。
なおケーリアン対空戦車の生産型では、砲塔はより小型で傾斜面で構成された洗練されたものになる予定であったといわれる。


<参考文献>

・「ジャーマン・タンクス」 ピーター・チェンバレン/ヒラリー・ドイル 共著  大日本絵画
・「グランドパワー2017年5月号 パンター戦車派生型」 寺田光男 著  ガリレオ出版
・「第2次大戦 ドイツ試作軍用車輌」  ガリレオ出版
・「グランドパワー1999年10月号 ドイツ対空戦車」 佐藤光一 著  デルタ出版
・「ドイツの火砲 制圧兵器の徹底研究」 広田厚司 著  光人社
・「ピクトリアル ドイツ軍自走砲」  アルゴノート社
・「ピクトリアル パンター戦車」  アルゴノート社
・「戦車名鑑 1939〜45」  コーエー


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