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2B1オカー420mm自走迫撃砲





第2次世界大戦後、米ソの核兵器開発競争が加速化しつつ1950年代に突入すると、それまで航空爆弾に限られていた核兵器を地上兵器に導入しようとする試みが両大国を中心に取り組まれた。
核砲弾を発射可能な原子砲を実用化するには核弾頭の小型化が不可欠であったが、1950年代初期にアメリカは最初の原子砲である280mm野戦加農砲M65を実用化し、1953年から部隊配備を開始するに至った。
これに強い危機感を覚えたソ連は、直ちに国運を賭けて自走式原子砲の開発計画を開始させた。

ソ連が打ち出した自走式原子砲開発計画は、「オブイェークト271」と「オブイェークト273」の2つが同時に進められることになった。
原子砲の自走車台については両者とも、レニングラード(現サンクトペテルブルク)のキーロフ工場設計局(主任技師:Zh.Ya.コーチン)が開発を担当することになり、主砲についてはオブイェークト271をグラービン砲兵設計局、オブイェークト273をシャブィリン砲兵設計局が担当することとなった。

1955年4月18日付のソ連閣僚会議決定で開発が発令された両自走砲は、1957年に試作車が完成し1959年まで工場における試験に供された後、国家試験を経て1960年にソ連軍に制式採用された。
制式名称についてはオブイェークト271が2A3「コンデンサートル」(Kondensator:コンデンサー)2P 406mm自走加農砲、オブイェークト273が2B1「オカー」(Oka:ヴォルガ川の支流の河川名)420mm自走迫撃砲とされた。

2A3自走加農砲と2B1自走迫撃砲の車体は基本的にほぼ同一のもので、同時期にキーロフ工場設計局が開発したT-10M重戦車のコンポーネントを多用していた。
この車体の詳しい性能諸元については公表されていないが、外見上はリア・ドライブ式で主砲の砲口は進行方向の後ろ側に向けていた。
砲尾の右前方には、工事車両のような操縦コンパートメントが設けられていた。

車体はT-10M重戦車のものをベースに長さを延長したものが用いられており、それに伴って転輪と上部支持輪の数も各1個ずつ増やされていた。
両自走砲とも近接支援用の車両ではないため車体には装甲は施されていなかったが、長大で大重量の原子砲を搭載したため、戦闘重量は2A3自走加農砲が64t、2B1自走迫撃砲で55tとT-10M重戦車を大きく上回った。

エンジンはT-10M重戦車と同じくV-12-6B V型12気筒液冷ディーゼル・エンジン(出力750hp)を搭載していたが、前述のように主砲の重量が大きい上に重量バランスが後方に大きく偏っていたため、路上最大速度は30km/hという低速に留まった。
2B1自走迫撃砲の主砲である47.5口径420mm後装式迫撃砲2B2は、通常砲弾以外にRDS-9核砲弾を発射することが可能であった。

RDS-9は重量650kgの有翼弾で、長さ20m以上の長大な砲身から撃ち出された際の砲口初速は715〜720m/秒に達し、最大有効射程は45,000mに到達した。
これは、旧日本軍が太平洋戦争に投入した巨大戦艦「大和」の主砲である45口径46cm砲の射程とほぼ同じである。
1発当たりの発射に要する時間は10分30秒となっており、操砲要員は7名であった。

2B1自走迫撃砲は4両が製作され、2A3自走加農砲と共に最高司令部予備特別重砲連隊を構成した。
この両自走砲は1957年11月7日にモスクワ赤の広場で挙行された革命記念日パレードで公開され、その後も何度か軍事パレードに引き出されたが、1960年代中頃には姿を消してしまった。
両自走砲が姿を消したのは通常型兵器に否定的な見解を持ち、ミサイル兵器を未来の兵器として愛したN.フルシチョフ書記長の不興を買ったからであった。

ただし、2A3自走加農砲に搭載された406mm加農砲SM-54を設計したグラービン砲兵設計局が閉鎖されてしまったのに対し、2B1自走迫撃砲に搭載された420mm迫撃砲2B2を設計したシャブィリン砲兵設計局は生き残り、後に対戦車誘導ミサイルの開発に取り組んでいくことで延命を図ることに成功した。
現在、2B1自走迫撃砲は1両がモスクワの中央軍事博物館の展示品として余生を送っている。


<2B1 420mm自走迫撃砲>

全長:    20.02m
車体長:   9.30m
全幅:    3.08m
全高:    5.728m
全備重量: 55.0〜55.3t
乗員:    7名
エンジン:  V-12-6B 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル
最大出力: 750hp/2,100rpm
最大速度: 30km/h
航続距離: 200〜220km
武装:    47.5口径420mm迫撃砲2B2×1
装甲厚:  


<参考文献>

・「パンツァー2001年7月号 ソ連・ロシア自走砲史(10) 機甲部隊支援用自走砲の開発」 古是三春 著  アルゴ
 ノート社
・「グランドパワー2001年12月号 ソ連軍自走砲(1)」 古是三春 著  デルタ出版
・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」  デルタ出版
・「ソビエト・ロシア戦闘車輌大系(下)」 古是三春 著  ガリレオ出版
・「世界の戦車パーフェクトBOOK」  コスミック出版


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